69. 奇跡の御業

 虹色の光の洪水を浴びながら、しばらく通路を進むとやがて巨大なサーバーが見えてくる。それは十階くらいぶち抜いた、もはや巨大なタワーともいうべきサーバーだった。


 ほわぁ……。


 タケルはその精緻な虹色の光に覆われたタワーを見上げ、感嘆のため息をつく。光は漫然と光っているのではなく、一定のリズムを刻みながら、塔全体として踊るようにいくつもの光の波を描きながら現代アートのように荘厳な世界を作り上げていた。


「ここがジグラートの中心部、神魂の塔サイバーエーテルじゃ。お主の星の全ての魂はここに入っておる」


 ネヴィアは神魂の塔サイバーエーテルに近づき、そっとキラキラと輝くクリスタルでできたサーバーをなでた。


「えっ!? 全員ここに? じゃあ、僕もクレアもここに……?」


「そうじゃ、お主は……あれじゃ」


 ネヴィアはキョロキョロと見回すと、少し離れたところのサーバーを指さした。


「へっ……? こ、これ……?」


 そこには他のサーバーと変わらず、微細にあちこちが明滅するクリスタルがあるばかりである。


「よく見ろ! これじゃ!」


 ネヴィアが指す光の点を見ると、黄金色の輝きがゆったりと眩しく輝いたり消えそうになったり脈を打っていた。それにとても親近感を感じたタケルは不思議に思ったが、よく見るとそれは自分の呼吸に連動していたのだ。息を吸うと輝き、吐くと消えるようだった。


 えっ!?


 驚いた刹那、黄金色の輝きは真紅に色を変え、鮮やかに光を放った。


 こ、これは……?


「どうじゃ? これがお主の本体じゃ」


 ネヴィアは嬉しそうにニヤッと笑う。


「こ、これが……僕……?」


「信じられんなら引き抜いてやろうか?」


 ネヴィアはクリスタルのサーバーをガシッと掴む。


「や、止めて! 死んじゃうだろ!」


 タケルは青くなってネヴィアの手をはたいた。自分の魂がシステムから切り離されたらどうなるか分からないが、少なくとも生命活動は停止しそうである。


「冗談じゃって。カッカッカ」


 楽しそうに笑うネヴィアを、タケルはジト目でにらんだ。


「で、クレアはどこ?」


「あー、そうじゃな……。えーと……ここじゃ」


 ネヴィアはトコトコと歩くと少し離れたところのサーバーを指さした。


「こ、これ……?」


 指さしたところには、か細いオレンジ色の光が消えかかったような状態で止まっていた。周りの元気に輝く点の中で、クレアだけが消えかかっている状況に思わずタケルは息をのんだ。


 死ぬというのはこういうことなのだ。タケルはゾクッと背筋に冷たいものが流れるのを感じる。


「チップをここに挿してみぃ」


 ネヴィアはサーバーの上の端にある小さなくぼみを指さした。


「こ、ここ……かな?」


 タケルはポケットから出したチップをそっとサーバーに挿しこんでみる。


 差し込んだ瞬間、チップは黄金色に明滅したかと思うと、直後、複雑に虹色に高速に瞬いた。


「こ、これで……クレアは生き返るの?」


「さあ? 我に聞くな」


 ネヴィアは少し意地悪に肩をすくめた。


「えっ、そんなぁ……」


「ほうほう! なーるほど、なるほどっ!」


 後ろから見ていたシアンは、身を乗り出してチップの明滅を楽しそうに食い入るように見つめる。


「うまく……、行ってますか?」


「うんうん、よし! じゃあ、君は手を前に出してー」


 シアンはタケルの手を引っ張った。


「えっ……? 何をするんですか?」


「くふふ、刮目かつもくせよ!」


 シアンは人差し指を高々と掲げ、空中に不思議な図形を描くと、嬉しそうに笑った。


 刹那、タケルの目の前に、黄金色に輝く微粒子がどこからともなく集まってくる。


 え……?


 どんどん集まってくる光の微粒子は、やがて徐々に形を持ち始めた。


 ま、まさか……。


 微粒子はやがて少女の形を取り始める。そう、それはクレアそのものだったのだ。


 直後、クレアはまぶしく輝き、タケルの両腕にずっしりとその身をあずけた。


 おぉ!


 いきなりの重みによろけたが、その奇跡の御業にタケルは唖然として、ただ美しいクレアの顔に見とれる。


 苦難の果てについにクレアに巡り合えた。愛しい、大切なクレアに……。


「クレア……、よ、良かった……」


 タケルの目には涙が浮かぶ。


 しかし、クレアはピクリとも動かなかった。体温は温かく感じられるが、べっとりと血ノリの付いた、死んだ時のワンピースを身にまとい、まるで死んだ直後みたいなのだ。