22. 隠した方がいいこと(後編)

次の日、山本さんに挨拶しても返事すら返ってこない。

打ち合わせの件を伝えて台本を渡しても顔すら見てもらえない。

(山本さんを怒らせてしまった)


やり直し前と似た状況だけどやり直し前とは違う。

あの時は責任放棄した結果だけど、

今回は自分の意志を押し通したことで怒らせた。

だから俺に必要なのは謝罪を重ねることではなく、

失った信用を取り戻す努力をすることだと思う。


「台本を読んで各々考えてきた内容をまとめよう」


打ち合わせに来てはくれたものの、

いつもと違って仏頂面の山本さん。

会話に参加することもなく打ち合わせは淡々と進んでいく。


「実際に通しでやってみたいね」


佐々木さんから提案があった。

せっかく正式な台本が来たのだからその通りだと思う。

山本さんの見解を聞こうとした時、体が止まる。

(名前を呼んでいいのだろうか?)

もし「名前で呼ばれたくない」とか言われたら、

しばらく立ち直れない。


「恵子の言う内容は良いと思うけどどうかな?」

「好きにすればいいじゃない」

「なら一緒に先生の所に」

「どうせ一人で決めるんだから一人で行けばいいじゃない」

「……うん、わかった」


予想していたけど非常に冷たい対応だ。

やり直し後はずっと仲良く出来ていたと思ってたから、

こんなことですら辛く感じる。

でも自分でやったことだ。

ここから頑張ってまた信頼を得るしかない。


先生のところには一人でいった。

幸い明日使えるらしい。

ちょうど設備を使っている所らしく、

スポットライトも出ているそうだ。

さっそく戻ってみんなに状況を確認する。


「明日行けるらしいけどみんな大丈夫?」

「大丈夫かな」

「いけるー」

「……うん」


山本さんは返事がない。

無理だと言ってないからきっと大丈夫だと信じよう。


「じゃあ先生に伝えてくる」


先生に伝えて予定を確定させる。

後は細かい内容だと思っていたのだけど……。


「明日の通しで高木君は役者の演技やってよ」

「え?」

「だって照明操作のタイミングって演技あってのものだと思うよ」


斎藤さんから言われたけど間違ってはいない。

練習だとしても漠然とスイッチを切り替えるより、

タイミングを図りながらの方が良いに決まってる。


「哲也くんは何も練習してないから難しいんじゃないかな」

「えー、だって台本見ながら動いてセリフ言うだけだよ?」


斎藤さんがチラッとこちらを見た。

多分断るなということだろう。

(出来れば山本さんにも手伝ってほしい)

そう言おうと思ったのに口が開かない。

また拒否されるかもしれない。


「わかった、頑張るよ」

「ほらねー?」

「大丈夫なの?」

「台本見ながらするだけだし大丈夫だと思う」


そう思っていたけど、

帰ってすぐ台本をチェックすると気になる点が出てきた。

(思ったより掛け合いと移動が多い)

役者が2人以上いるのに俺は一人しかいない。

とくに掛け合い部分は難しい。

立ち位置を都度都度変えるならかなり面倒だ。

(そこまでしなくてもいいか?)

いや、そういう考えは良くない。

やると決めたならちゃんとやろう。


次の日の夕方


「じゃあ始めるからね」

「わかった」


佐々木さんの合図で通しの練習がスタートだ。

スポットライトが俺に当たる。


********************************


「この世界には勝つものと負けるものしかいない」


昨日夜遅くまで練習した。

台本を読み込んで移動箇所もしっかり覚えた。


「勝って退場するものは少なく負けて退場するものがほとんどだ」


スポットライトって思ったよりまぶしいんだな。

立ち位置次第では普通の照明にしたほうがいいかも。


・・・


「裏切られた、だって? 違うな、君に隙があったのさ」


ええと、このまま舞台端に去っていくんだったな。

その次はまた舞台真ん中に戻らないと。


「信じていたのに!!」


このまま引きずられて舞台端に連れていかれるんだけど……。

とりあえず姿勢を低くして舞台端に行こうか。

うわっ、スポットライトの光がもろに目に入る!?

これ反対側の舞台端の方がいいような気がする。


・・・


ええと、次はなんだったっけ?

大分疲れてきて移動が遅くなってる。

登場人物が増えてきたからいちいち立ち位置が変わるのもつらい。


「なぜだ、なぜ裏切らなかった!?」


次は舞台端からヒロインが出てくるから、

そっちに行かないと。

そう思って動こうとした時のことだった。


「はっ、誰があんたの思う通りに動くもんですか」


山本さんがヒロインの台詞を言いながら舞台端から出てきた。


「君にとってはそれが最適だったはずだ!!」

「おあいにく様、これが私にとっての最適よ」


あれだけ怒らせたので頼むことが出来なかった。

一人でやれば?って言われるのが怖かった。

なのに今、山本さんが一緒に演技をしてくれている。

それもちゃんと台本を読んで練習してきた動きだ。

(一緒にやる用意してくれたんだ)


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最後まで終了した。

山本さんに助けてもらったおかげで大分楽に出来た。


「希望、ありがとう」

「別にお礼なんていいわよ」


プイっと横を向く山本さん。

ちょっと恥ずかしそうだ。


「次からはちゃんと相談する、隠さないといけないことがあるならそう言いなさい、いいわね?」

「わかった」

「まったくもう」


そうか、隠し事があるまま相談するのは悪いことだと思っていたけど、

実際は相談しない方が悪いことだったのか。

だからあんなに怒っていたのか……。


「仲直りしたみたいね」


佐々木さんが二階から降りてきた。

全部聞こえてたらしい。


「小西君に全部聞いたわ、私達のためだって?」

「なっ!?」


あいつ、口外するなとか言っておいて佐々木さんに話したのかよ!?

もう少し意志の強いやつだと思ってたのに、

佐々木さんの魅力に負けやがって。


「なるほどね」

「え?」

「大体わかったわ」

「あ……」


しまった、カマかけられた!?

態度と表情に表してしまったことで事実であると認めてしまった。


「一つ教えてあげる、嘘をつく時は相手が信じたくなる嘘をつくものよ」

「いや、俺、嘘なんて……」

「哲也くんがあんなことをする人なんて誰も信じたくないのよ」


そんな……俺なんて信じるに値する人間じゃ……。


「自己評価が低いのは美徳じゃないからね」


そう言って去っていった。

(完全に一方的に言われるままだった)

反論する余地もない。


「何? 佐々木に絡まれたの?」

「いや、別にちょっと指摘されただけだよ」

「困ったらちゃんといいなさいね」


そう言っている山本さんはいつもの優しい笑顔だった。