派手な化粧に、派手な付け爪。下着が見えそうなほど短いスカートにこれまた胸の谷間が見える服。
柏木さんは本当に私と同じ歳なんだろうか…そう疑いたくなるような私服姿だった。
「あ…うん、そこでたまたま大宮くんと会って」
「へー、その割には仲良さそうだったけど…何?もしかして2人付き合ってんの?」
「え?!」
ヤバい!完全にヤバい!今、柏木さんの目が一瞬で殺気放った!!
完全に中学の時の二の舞になると悟った私は必死で否定しようとした。
けど、柏木さんの殺気が怖くて数秒出遅れた瞬間に翼が余計なことを口走っていた。
「ひなと俺、幼馴染だから…な?」
最悪だ…
マヌケな顔で同意を求めてくる翼に今度こそ鼻フックをお見舞いしてやろうと思った。
帰ったら即行お前の鼻をもぎとってやる。
「ふーん、知らなかったーまあいいや。じゃあね大宮くん……と吉井さん」
絶対にまあいいやって思ってない!だって今私の名前呼ぶ時だけ怖かったもん!絶対に睨んでたもん!!
「ひな…?何呆けてんだよ、俺らも早くレジ済ませて帰…」
「うおりゃああああッ」
「…ッ!」
カゴをレジ台へ乗せた後、思い切り振りかぶって翼の鼻へ指を突っ込んだ。
帰るまで…我慢なんて出来なかった。
だってもう明日からの私はこれ以上に辛い仕打ちのオンパレードなんだから。
「モテモテの大宮くんには鼻いらなくない?!ねえ、鼻いらなくない?!」
「いるいるいる!いります吉井さん鼻いります!!」
この後はもう一言もしゃべらずにスーパーを出て、唐揚げを作って翼に与えて、食べ終わったらすぐ家を追い出した。
イケメンの幼馴染だからといって、少女漫画のような甘ーいことなんて何一つない。
小さい頃から飯作って身の回りの世話をしてくだらない会話して、家族みたいなもんだ。
小さい子どもを持つ母親みたいなもんだし、物心ある頃から一緒にいれば例えイケメンだとしてもそんなの関係ない。
全く異性とも感じなくなるし、顔や見た目よりも嫌な中身だって山ほど見てきたんだ。
兄弟と一緒、子どもと一緒、家族と一緒。
恋愛感情なんて全然湧いてこないのに、周りの人間からは嫌な嫉妬を持たれる。
幼馴染なんて、現実はそんなに甘ったるいもんじゃない。
不自由なことの方が多過ぎて、こんな関係無くなってしまえばいいんだと思っていた。
次の日、案の定私の机は落書きだらけになっていた。
太いマジックや細いマジックで「キモい」「死ね」「男たらし」と色んな所に書かれている。
ちらっと窓際の方で女子の群れの中心にいる柏木さんを見ると、やっぱりこちらを見つめてクスクスと笑っていた。
翼は隣のクラスだし、存分に痛めつけてくるだろうとは思っていた。
けど正直、ここまで典型的にくるとは思ってなかったから柏木さん達の幼稚さに吹き出しかける。
笑いをこらえつつ、私は準備していたマニキュアの除光液を鞄から取り出して拭いた。
綺麗さっぱり短時間で無くなった落書きに柏木さん達が悔しそうに睨んでくる。
だてに中学の時イジメられてませんぜ…とニヤッと笑いながら椅子を引いた。
「おお…、第二トラップ」
椅子につけられている接着剤を発見してうーんと首を傾げて悩んだ。
ボンドっぽいから除光液で取れるかな…?と試してみるとこれもまた除去することに成功する。
除光液すげェ…いじめられっ子の強い味方。素晴らしい。
「ちょっと吉井さん」
「あ、はい。なんでしょう柏木さん」
上手くいかない攻撃に痺れを切らしたのか、直接柏木さんが話しかけてきた。
普通に返事をする私を見て柏木さんがしかめっ面をしながら机の上へ足を乗せる。
「大宮くんと幼馴染だからって調子のってる?」
「のってません」
「いつか付き合えるとでも思ってんでしょ?」
「思ってません」
「あんたみたいな女が相手にされるとでも思ってんの?」
「もううるさいなぁ…直接あいつに告白しに行きなよ。私にこんなことしてるよりずっと有効的だと思うよ」
真っ直ぐ柏木さんを見つめながらはっきりと断言した。
中学生の頃よりは成長している自分。それを知ることが出来たから少しだけ嬉しくなる。
ぐっと押し黙る柏木さんから視線を外して席へ座った時だった。
「ちょっと!大宮くんが3組の高橋さんと付き合ったんだって!」
突然開かれた教室の扉から女子の叫ぶ声が聞こえた。
私にかまっていた柏木さんが目の色を変えて教室を飛び出していく。
どうやら先ほど高橋さんが翼を呼び出して告白をしたらしい。
それを翼がOKして見事カップル成立。
あいつ初めて彼女作ったんじゃないかな…なんて呑気に肘をつきながら思う。
ぎゃあぎゃあと騒いでいる女子の群れがアホらしくて欠伸が出た。
「高橋さん調子乗り過ぎ」
「ねえさっさと別れなよ」
放課後、校舎裏のゴミ捨て場で高橋さんと柏木さんと複数の女子がいた。
なんともまあ予想通りというかドラマや漫画みたいな展開で呆れかえる。
ここはいじめられ経験値が異常に高い私が止めに入ってやるか…
「ちょっと、もうその辺で…」
「お前ら何やってんの?」
出て行こうとした瞬間、翼の声が聞こえて思わず柱の陰に戻った。
持ってきたゴミ箱をぎゅっと握りしめた状態で耳を傾ける。
「や、あの…」
「高橋さんになんか用?」
「あ、あの…私達は」
「俺こういうの一番嫌い、ウザいから消えて」
ちょっと…びっくりした。
翼は結構温厚だから、幼い頃から見てきた私でも怒ったところはあんまり見たことがない。
あんな風に人へ怒っているのは初めてだった。
へえ…結構本気なんだ、高橋さんのこと。
「大丈夫?」
「う、うん…」
柏木さん達が走って逃げていく中で、翼と高橋さんの声だけが聞こえてくる。
なんだろう、これ。
翼に彼女が出来たって聞いた時は何も感じなかったのに、今この状況でよくわからないモヤモヤが出てくる。
なんかこう、モヤモヤしてて気持ち悪い感じ。
「また何かあったら…言ってくれたらいいから」
「あ、ありがとう。大宮くん」
ああ、わかった。モヤモヤの理由。
なんで私の時はこうやって助けてくれなかったの?っていう…不満だ。
私だって中学生の時から…ううん、もっと前からイジメられてきた。
でも翼、気付かなかったじゃん。
「俺の所為でごめん」
「ううん、いいの」
私の時は…気付かなかったじゃん。
ゴミの入ったゴミ箱を握りしめたまま、その場から静かに立ち去る。
何とも思ってなかった翼が、一気に腹立たしい存在に変わった瞬間だった。