第17話 カイン

 アゲハとソフィヤは城の最上部まで上っていき、廊下にでる。



 灯りのない廊下を走り、逃げ道を探っていく。


 城の中は意外に広く、迷路のように壁ばかりいき当たる。





 ――駄目だ。嫌な感じがする。





 アゲハは自分の直感を最大限に引きだして、神獣の気配を探っていった。





 ――こっちも駄目か。





 行こうとした廊下の先に、嫌な気配を感じるたびに、方向転換していく。



「ねえ、本当に神獣なの?」



 ソフィヤが恐怖からか、背中から囁くような小さな声で、アゲハに状況を聞いてくる。


「間違いないよ。神獣を操っている、エコーズもいる」


 アゲハはそう断言した。


 今ならはっきりと、言い切れる。


「そんな……結界が張られているはずなのに……」




「ヨドさんが言ってたよね? 町はレベル3の神脈結界を張ってるって。そのレベルじゃ、神獣は活動できてしまうの。レベル4以上の結界を張らないと」




 レベル3だと、神獣の活動はかなり制限されるが、普通に動き、攻撃してくる。



 都市や首都では、レベル5の神脈結界が主力となっていた。



「でも、エコーズはレベル1結界でも入れないはずだよ?」


「う……ん。そうなんだけど。もしかすると、結界を張る前にこの城にいたってことかな? ねえ、町に結界が張られたのはいつ?」


「ソフィヤが生まれたときからずっと、結界は途絶えていないよ」


「そうなんだ……」


 少なくとも、十年前から結界は張られているようだ。


 影無のように、吸収式神脈装置が据え付けられる前に入り込んだのか、それとも別の方法があるのか。




 今になって、神獣を召喚し、活動する意図もわからない。




「ねえ、アゲハさん」


「うん?」


「もし、ソフィヤが邪魔だったら……」


「シー。静かに」


 弱気になったソフィヤの言葉を遮って、アゲハは廊下の奥を見つめた。誰もいない。


「大丈夫。ソフィヤちゃんがいるおかげで、この暗闇の中、お姉ちゃんは寂しくないんだから。だからそんなこと、言わないの」


「でも……」



「はい、そんなこと言うの禁止です。このアゲハさんに任せなさい」



「……うん」


 そう励ますと、アゲハはまた見知らぬ廊下を走っていく。


 夜目がきくので、灯りがなくとも進むことができた。



 前から神獣の気配を感じた。



 引き返そうと考えたが、後ろからも神獣の気配がする。


 途中に、窓もなければ、部屋もない。




 ――挟まれた。




 八方塞がり。


 最悪の状況だ。


 緊張感が増してきたのか、感覚が鋭くなり、隙間風の流れを感じる。


 風の流れをたどってみると、大きな扉があった。


 ――この部屋に、逃げるしかないか。


 選択の余地はない。


 すぐに決断し、部屋に逃げこむ。


 部屋には不思議なことに、明かりが灯っていた。




「ここは?」




 滑らかな円柱が何本も建ち、天井近くには窓がある。


 雰囲気も豪華で、どこか良い香りが漂う。


 床はタイルでできており、動物が装飾されていた。


 アゲハはこの部屋が何かわからず、しばらく奥へと進むと、




「誰?」




 突然、殺気を感じた。


 アゲハが叫ぶと、奥に明かりが灯った。


 王が座るような豪勢な椅子に、仮面をかぶった何者かがいる。





「やあ――よくソフィヤを連れてきてくれたね。感謝するよ」





 声からして男。


 仮面は右目しかなく、瞳の色は深紅の赤。


 背はアゲハよりも高い。




 ――右目が赤い。赤眼化してる?




 どこか違和感を感じる。


 アゲハは警戒しながらも、男の観察を続けた。


「あなた、誰? この城の王様?」




「違うよ。この城の主は、樽の中にいるはずだ。他の使用人と一緒にね」




 殺害したということなのか。


 アゲハは剣を手に取った。



「この声……カインさん?」



 目の見えないソフィヤは、声だけでその人物が誰なのかを思い出した。


「カイン? この城の使用人の?」


 ヨドとソフィヤが言っていた人物。白髪の若い男。




「そうだよソフィヤ。よく覚えていてくれたね。嬉しいよ」




 仮面の男は、自分がカインだということを認めた。


 ――ということは人間? だけど、この気配。


 人間ではない気配。




「あなた、エコーズ?」




 仮面の目が、ニヤリと笑った。


「ふふ、よくわかったね」


 カインは仮面を脱ぎ、素顔をさらした。


 白い前髪の間から、赤い両目が見える。


 表情は穏やかで、敵意を感じさせない。


 好青年の印象を受ける。


 しかし、それはまやかしであることに、アゲハは気づいた。




「やっぱり。右目下の頬に神文字がない――神に愛されぬ者の証拠」




 赤眼化すれば、右目下の頬に神文字という古代文字があらわれる。



 アゲハはテファという文字を、カンタロウはテトという文字を持っている。



 なぜ文字があらわれるのか、理由はわかっていないが、神脈を持たないエコーズは、この文字を持つことはない。





「そうだよ――僕はエコーズだ」





 自ら正体を明かす、カイン。


「そんな……カインさん」


 ソフィヤはショックを受けていた。


「あなたが障害のある娘達に、招待状をだしたの?」


「そうだよ」


「なぜ?」



「彼女達を守るため。僕達の王国を造るためだ」



「どういう意味?」


「知る必要はないさ。君はその一員にはなれないのだから」


 カインは玉座から立ち上がると、両手を広げ、歌手のように、大きく口を開いた。


「これは……唄」


 部屋の中で、すさまじく殺気が高まった。


 あらゆる所から、神獣が姿をあらわす。




 両手が剣となっている、ソード型と呼ばれる神獣だ。




 その数、数十体。




 ――神獣達がこんなに。そうか。罠にかかったってわけか。




 ここまでおびき寄せられたのだ。後悔する余裕はない。


「もしかして、この町に来る前に、私達に神獣をけしかけたのもあなた?」


「そうだね。本来は君達など相手にしないのだけどね。本能には逆らえない」


 カインにとって、アゲハやカンタロウはよけいな客だった。


 ここまで強引に計画を進めたのも、二人の存在が邪魔だったからだ。


 赤眼化所持者ということもあって、下手に姿を見せるわけにはいかなかった。




「さあ、ソフィヤを渡してもらおうか。もちろん、手荒なことはしない。君は別だけどね」




「嫌、だと言ったら?」


 カインは微笑みをたやさない。


 仮面を脱いだときから、ずっと笑い続けている。


 すっと手を上げた。




 その合図をきっかけに、神獣がアゲハに襲いかかった。



「そうくるよね。やっぱり!」



 アゲハは赤眼化すると、剣を抜いた。


「ソフィヤ! しっかりつかまっててよ! ちょっと動き回るけど!」


「うん!」


 ソフィヤを背に乗せたまま、アゲハは神獣と戦った。


「赤眼化。神に愛されし種族が持つ特殊能力。地上を巡る神脈を体内に過剰吸収し、常人を超えた身体能力と魔法を得る。だが、それゆえに副作用が大きく、体に多大な負担をかける」


 赤眼化の欠点。


 持続時間が短いこと。


 通常は、十分が限界だ。



 カインはそれをよく知っていた。



「さて、君はいつまでもつかな?」


 ソードの剣をかわし、アゲハは空に舞う。




 翼を持つイカロス型神獣が二体。




 アゲハを狙って急降下してきた。


 ――上から!


 アゲハは一体を剣で切り裂く。


 その隙を狙って、もう一体がソフィヤの体をつかんだ。




「きゃあ!」


「ソフィヤ!」




 イカロスはアゲハからソフィヤを引きはがすと、カインの元へと飛んでいった。



 カインはソフィヤを受け取ると、白い手で顔をなでる。


 ソフィヤの意識がなくなり、両腕がだらりと力をなくした。




「ふふっ、安心して眠るといい。君が目覚めたとき――世界は変わる」




「このっ!」


 アゲハは水神の魔法を使い、周りのいるソードにむかって発した。


 鋭いカッターとなった水は、ソード達を真っ二つに切り裂いていく。


 威力は鋭く、壁すら突き抜けていった。




 カインにむかう道があき、アゲハは走った。チリチリと威圧感を感じる。


 ――後ろから!


 アゲハが振りむくと、ソードが一体、剣を突きだした。


 かわそうと足を止めた瞬間、地面に亀裂が入り、床のタイルが飛び散る。


「うわっ!」


 アゲハは腕で残骸を防御する。


 ほこりが舞う中、誰かがアゲハの前に立っていた。





「すまないな――少し、遅れた」





 カンタロウだ。


 胸や腕は赤く染まり、切られた跡がある。



 本人の体力にはあまり問題はないようだ。



 右目はアゲハと同じく、赤眼化していた。




「なっ、どっからでてきてるの?」


「異常に神獣の数が多くてな。手間取った」




 カンタロウが刀を肩に乗せた。


 アゲハは少し安心したのか、冷静になることができた。


「もう! 遅いっつーの! ママが恋しくなったのかと思ったぞ!」



「言うな――泣きそうだ」



 カンタロウは母のことを思い出し、目元を指でぬぐった。


「そこ怒るとこじゃない? あ~、ごめんごめん。私が悪かった。ほらほら。この仕事が終わったらママに会えるって」


「そうだな。早く終わらせよう」


「元気になったか? マザコン」


「親孝行だ」


 カンタロウとアゲハはお互いの背を合わせ、神獣にむき合った。