扇風機が死んだ。
エアコンが死ぬよりも少しだけマシかもしれないが、扇風機が壊れた衝撃は独身女性にして社畜、
「ちょっとぉ~。え~、うそぉ~ん」
和香子は1人暮らしの部屋で間の抜けた叫びを上げた。
叫んでも1人、誰も突っ込みをいれてくれない。
それが1人暮らしというものだ。
「エアコンは動いているけど……ショックぅ~」
入浴を済ませて火照った体に風を当て、気持ちよくなりたかったのに。
残業を終えて、暗くなっても暑さの引かない道を歩いて自宅まで戻り、ちょっぴりしかないリラックスタイムを楽しみたかっただけなのに。
それすらも許されないというのか。
まだ水曜日なのに。
ピクリとも動かなくなった扇風機の前で、和香子はガックリとうなだれた。
今日の和香子はついてない。
大学を卒業して入社した会社は女性でも出世できる会社として有名だったが、その分、労働時間が半端ない。
日頃のたまった疲れと猛暑から逃げるため、友人たちは休みを利用して海外旅行へ行くそうだ。
和香子も一緒に行きたかったのだが、そのためには有休を取得する必要がある。
そこは和香子も頑張って、ダメもとで申請してみたのだが、やっぱりダメだった。
オマケに、お局さまから睨まれてしまった。
和香子は二十五歳であるが、部署では一番の若手だ。
そんな下っ端が海外旅行を夢見て頑張って有休の申請を出したのに、睨むなんてひどい。
愚痴を言いたくても同じ部署の若手二番手は三十過ぎている。
和香子は愚痴を言う相手にも恵まれていなかった。
その上、扇風機が壊れた。
散々である。
「こんな日はお酒でも飲みたいけど……明日も仕事だしな」
和香子はアルコールに弱い。
チューハイ1本で、朝寝坊する自信がある。
それは社会人としてダメダメなので飲めない。
せめて缶ジュースでも飲もうか。
いや、甘いやつはダメだ。
余計に熱くなるし、太る。
カロリーのないヤツ……だったら水の方がよくない?
「あー、ついてない。扇風機ナシとなると、エアコンの温度下げなきゃな~」
和香子は、じっとエアコンのリモコンを見つめる。
何℃に設定するかで電気代は変わる。
エアコンの温度を下げてゲームを我慢するか?
ゲームをやってエアコンの温度を下げずに済ますか?
「そりゃゲームでしょ」
和香子はゲームをとった。
彼女は立ちあがると、冷蔵庫から冷えた麦茶を出すついでに、冷凍庫から保冷剤をいくつか取り出した。
これを体にあてて冷やせば死にはしないだろう。
和香子は大きめの保冷剤をひとつ、タオルで巻いた。
これで首元を冷やせば冷えすぎないし、結露が滴って困ることもない。
冷やす場所を決めていない他の保冷剤も、別のタオルでとりあえず包む。
「さぁ、ゲームしよ」
和香子はいそいそとテレビの前に座った。