何の手がかりも掴めないまま、3日が過ぎた。
捜索は現在、谷の中に降りて行われている。プラント構造物の跡地を中心に、高精細レーダーと目視で行われている捜索は困難を極めた。ノクティス迷宮の広さはイタリア半島のそれに匹敵する。そこから目視メインで小型輸送艦やアヴィオンを探そうというのは、湖に投げ込んだビー玉ひとつを探し当てるのにも等しい作業だった。
もはや話す言葉も持たないまま、重苦しい沈黙に包まれた捜索が続いている。フライトバディがユリアならくだらない雑談をして過ごすところだが、QPたちに雑談という概念はなく、質問に対して一言で終わるその会話に切れる手札は、3日目ともなればもう1枚たりとも残っていなかった。
ユリウスはげっそりとして息を吐いた。休息は取っているが、体以上に精神の疲労が激しい。コックピットにはレーダー周期を知らせる静かな音だけが定期的に鳴っていたが、ついにその合間に耳鳴りがし始めた。ユリウスは顔をしかめてから、苛ついた様子でヘルメットの耳付近をコツコツと叩く。
『こちらゼロスリー。ユリウス、聞こえましたか。
唐突にゼロスリーからの通信が入って、ユリウスは目を瞬かせた。
「こちらユリウス。ごめんゼロスリー、何が聞こえたって?」
『一瞬レーダー周期とは違う音が入りました』
「何だって!?」
ぼうっとしていたユリウスの脳が覚醒する。耳鳴りではない。
「ありがとうゼロスリー、完全に聞き逃してた! ログを確認できるか?」
『
ユリウスは前進をやめ、レーダーマップを見る。ちょうどごちゃごちゃとした構造物が複数立ち並ぶエリアを通り過ぎたところだった。
『走査ログによれば、60秒前に捉えた信号は
「
『こ……
酷いノイズ混じりの返答に、ユリウスは顔を顰める。砂混じりの風が強く吹き、キャノピーをバラバラと砂粒が叩く音がした。
『こちらゼロワン。
そう言ったゼロワンが機首を翻したのを見て、ユリウスは通信状態の悪さについてそれ以上考えることをやめた。恐らく砂嵐の吹き返しが一時的に電波状態を悪化させているのだろう。
ゼロワンとゼロツーの駆る
各機がサーチライトを点灯したが、薄闇を切り裂くその光は、光が当たっていない部分の闇を一層濃くしてしまう。近距離用の生体反応レーダーを起動しながら、ユリウスは言った。
「ゼロワン、少し速度を落とそう。動けなくなってる可能性も高いから、念入りに見ていくよ」
『
減速に伴い、エンジン音が緩やかになる。反重力機動モードで動作している場合、飛ぶために速度は必要ない。
採水プラントはこうした崖にできた亀裂の隙間に作られることが多い。火星は時折激しい砂嵐に見舞われるため、風の影響を受けにくいこうした亀裂が建設場所として選ばれるのである。砂嵐の後は堆積した砂の除去に追われるのが火星の採水プラントの常だが、現在は破損し放置されたプラントの砂を除去する者もおらず、地上付近の施設はあちこちが半ばまで砂に埋まっていた。
コックピットにはレーダー周期を知らせる静かな音だけが定期的に鳴っている。ユリウスの乗るヘイムダル含め、カドリガ各機も定期的に
一行は少し開けた場所に出た。地上の割れ目から差し込んだ光が広場を照らしだし、その周りの闇を深めている。
ヘイムダルは電子の目で外界を見る。いつもそうしていたし、視界が悪いこの場面においてそれは当然のことだった。だからユリウスは気付かなかった。
『……っ、だめ』
名乗りのない通信は4人の少女のうち、誰が発したものかわからない。その通信と同時に突然機体の底面が固いものに擦れる様な音がして、ヘイムダルは上へと強く押し上げられた。
「なんだ!?」
混乱した様子でユリウスが叫ぶ。電子の目は、ヘイムダルが
状況を理解できずにいるユリウスのインカムに、ごきばきめき、と金属のひしゃげる音と少女の「んぅ」という小さな呻き声が流れ込む。カドリガ
『
冷静なゼロフォーの声が耳に突き刺さる。
「くそっ……どうなってるんだ!?」
ユリウスは機首を巡らせて谷底を見る。カドリガの一機は、コックピットの中央から真っ二つにへし折れて、手折られた百合の花のように白銀のその機体を谷底に散らせていた。
ヘイムダルを追って上昇を開始していたゼロフォーのカドリガが、ヘイムダルが停滞飛行して谷底を見ていることに気付いて上昇を止める。
『……っ、ヘイムダル、離脱してくださ――』
初めて聞くQPシリーズの少女の切羽詰まった声は、再度の警告を言い終える前についえた。
カドリガの後方、光指す広場の奥に凝った闇から、蛇のように俊敏な動きで現れた太い触手が、瞬きする間にカドリガの機体に絡みつく。それは一切の躊躇なく、絡みついたその勢いのままに締め上げたカドリガをコックピットの中央からへし折った。先ほどと同じ、耳を覆いたくなるような破砕音に少女の「っあ」という呻きが重なる。
カドリガをへし折った触手はあっさりとその拘束を緩める。へし折れた機体が触手から滑り落ち、谷底に2輪目の花を咲かせた。