帰る途中、私はマナ溜まりの中で流れ込んできた知識と記憶の中から、今まで誰も知り得なかったことをぽつぽつと話した。
結局ダンジョンっていうのは、「神様」が運営してる。神様っていうのは比喩でも何でもなく、地球上のありとあらゆる地で信仰されている神様ってこと。そりゃもう有名なところから、無名なところまでぜーんぶ。まあ、神様の中でも協力してない勢もいることはいるんだけどね。
日本や中国はやたらめったらダンジョンが多くて、ヨーロッパとかアラブとかではダンジョンが少ないっていうのは、「神様」に対する考え方が違うから。
簡単に言うと唯一神を信仰してる地域では、ダンジョンはめちゃくちゃ少ない。
私が見たのは、「神々の話し合い」の姿だった。
地球沸騰化とか環境汚染、食糧問題、資源問題……そういったいろんな理由で人類には滅亡のタイムリミットが迫っていた。
もちろん、技術の進化も著しい。けれど、このままではギリギリ間に合わないと神様たちは結論づけた。
その「滅亡の期限」を延ばすために、神々が世界中に作り出したのがダンジョンだ。 人類自体の強化、伝説金属という新しい資源の産出、そして、世界の浄化がダンジョンの役目。
人間が食いつくような報酬をちらつかせ、世界の穢れを魔石という核にしてモンスターを生みだした。
モンスターたちは、今まで人間が想像してきたあらゆる神話や民話に登場したものたちだ。基本的には人間に敵対してるけど、人間がいなかったら創造されなかったものでもあるから、テイムして味方にすることもできる。そういうことらしい。
ダンジョンハウスが魔石を買い取るのは、その穢れを集めて消滅させるため。ダンジョンハウス自体もダンジョンに付随して神が用意したもので、なんか全員が同じように見えるあそこの店員さんは、結局みんな人間じゃない。
人間が魔石食べても無害だったというのは、込められた穢れが微々たるものだったから。ヤマトはダンジョンで受肉した神霊だから、魔石を食べて浄化してるみたい。
いや、めっちゃ「嗜好品です! 骨ガムみたいな! 減るけど!」って感じで食べてるからそんな意図があるとは思わなかったよ。
そんなことを、横須賀から茅ヶ崎までの間に頭の中を探り探りしゃべった。みんなは時折質問を挟みながらもそれを聞いてくれていた。
頭の中に辞書がめちゃめちゃたくさんあるみたいで、探せば見つかるけど探すのがすっごい大変なんだよう。
「この事は、伏せて置いた方がいい。明かすメリットが何もない」
そう言ったのはハンドルを握ったライトさんだ。颯姫さんもタイムさんも真顔で頷いてる。バス屋さんひとり「なんで?」ってハスキー顔で首傾げてるけど。
「そうだ、絶対言うなよ、柚香。あ、柚香のおじさんとか果穂さんはともかくとして、だけど」
蓮も厳しい表情で私の手をぎゅっと握ってる。私はそれにこくりと頷いた。
マナ溜まりがアカシックレコードへのアクセス端末だと知れたら、危険を承知で飛び込む人間が後を絶たなくなる。――そればかりか、無事に戻った私が「端末への接続成功者」ってことで利用される可能性も非常に高い。
どこかに監禁されて、私の精神が壊れるまで情報を引き出す道具にされる、なんてことも容易に想像が付くね。そして私が壊れたら次の「適合者」を探して、どんどんマナ溜まりに放り込まれる人が出るだろう。
ほんと、そんなことになったら精神壊れるよ。情報を頭の中で探るだけでめちゃくちゃ疲れるんだもん。今話した内容はまだ表層の方にあるものだけ拾ったから、私への影響もマシだったけどさ。
「……柚香、Y quartetは解散しよう。もう柚香はダンジョンに立ち入らない方がいい。おまえが危険な目に遭うのをこれ以上見たくないんだ」
私の手を痛いくらい握りしめて、苦しげに蓮が告げる。――蓮の気持ちも言い分もわかるよ。でも、私は何故かそれに素直に頷けない。
「蓮の言葉に僕も賛成だよ。僕と蓮は最初は事務所命令でダン配してたけど、結局ステータスを上げることができて、ついでにお金を貯めたり知名度を上げることができたらラッキーっていうスタンスだから。……僕たちの恩人の柚香ちゃんを、僕たちの都合で危険に晒したくない。僕と蓮だけで適当なダンジョンに潜ることもできるし、今は冒険者科に通ってるおかげでクラスメイトとパーティー組むこともできるから」
「……ふたりは、そう言うけど……」
何か違う。私がここで「もうダンジョン行かない」って言えばみんな安心するだろう。でも私の中で何かが必死に「そうじゃなくて」って声を上げている。
その根拠も、その先に続く言葉もうまく出てこないけど。
「ゆずっち、ゆずっちの夢は動物園の飼育係になることでしょ? テイマーにはもうなれてるじゃん。2年生と3年生の合宿は全員参加じゃないんだし、この先一度もダンジョンに入らなくても卒業まで過ごせるんだよ」
彩花ちゃんの言うことも正論だ。正論だけど、「そうじゃなくて」って声が私の中で大きくなる。
てかさあ!? あの女の子のことを彩花ちゃんは前から知ってたわけだよねえ!
「そうじゃなくってさ!」
私の前の席に座ってる彩花ちゃんの頭頂部にチョップを入れつつ、私は沸騰する様に叫んだ。
「私が危ないからダンジョン入るな? もうテイマーになれてるからいいじゃん? それは確かに端から見たらそうだよ。私が危ない目に遭うのを見たくない? そう言ってくれるのは嬉しいけど、それは蓮のお気持ち表明でしかないよね!?」
それまでおとなしくしていたのに突然いつもの調子に戻った私に、車内の視線が集中した。
「私の気持ちを置き去りにしないで! 私がどうしたいかって事を誰も聞いてくれてない。このままじゃ嫌なんだよ。あの撫子にしてやられたままで、まんまと尻尾丸めて逃げるのは! あの子はヤマトを取り返せないままだけど、逃げて勝ちって嫌なの!」
ヒューと誰かが口笛を吹いた。こんな場面で面白がるのは、まあバス屋さんだろうね。
「で、でもゆずっち、実際危なかったんだよ? 廃人になってたかもしれないんだよ?」
今の彩花ちゃんの表情、走水の海で私が生け贄になろうとするのを止めてたときと一緒だ。だけど、もうその顔では
「あのね、よく考えて。なんで私がマナ溜まりに突き落とされたのかを。私たちの攻撃は撫子には効かなかったけど、撫子にも私を殺せる力はないんだよ。だから、マナ溜まりに落として廃人にしようとした。そういうことだよね?」
私に集中してる視線の中で、彩花ちゃんや五十嵐先輩がはっとしていた。ふたりは実際に私が撫子ともみ合いをしてるのを見てるから、撫子が普通の方法では私を殺せないっていうのがよくわかってる。
「確かに……撫子は本来戦闘能力なんてないはず。高いところから突き落としてもゆずっちは怪我したりもしないだろうし、マナ溜まりに落とす以外に害する手段なんてなかった。少なくとも、ボクは知らない」
「つまりはさ、あの撫子って子に効果のある武器があればいいんじゃない?」
「それだーっ!」
ぽつりと五十嵐先輩が呟いた一言に、私は思いっきり叫んだ。