第209話 Wデートにならないんですよね

「多分だよ、あくまで多分。僕の推測でしかないからそう思って聞いて欲しいんだけど……蓮の音域って低めなんだよね。でもこの曲って男性ボーカルにしては結構高音域なんだよ。裏声も使って歌わないといけないし、リズムも難しくて結構な表現力が要求されるってカラオケの攻略サイトにも書いてある」


 聖弥くんがスマホの画面を見せてくる。使ってる音域とかが表示されてて、視覚化されてるからわかりやすいね。

 確かに、Magical Huesの時の「使ってる音域1オクターブだけ。裏声無し」に比べたらかなり難易度上がってる。


「カラオケの攻略サイトなんてあるんだ……」

「今調べてるときにヒットしたんだけどね。多分だけど、果穂さんはこの曲ができたら次に低音域で正反対にポップな歌とかのMVも考えてるんじゃないかと思う。それで、そのふたつ揃えて、蓮のプロモーションに使うつもりなんじゃないかな」

「あっ!」

「なるほど」

「そう言われてみたら!?」


 私とあいちゃんだけじゃなくて、蓮まで驚いてますけどもね!

 いや、でも娘の私が言うのもなんだけど、聖弥くんの方がママのことわかってるかも!? こっちは歌メインで見せて、ポップな方はダンスも一緒に見せるとかママが考えそうだもん。


「僕から見たら、以前と違って今の蓮は歌も売りにできるから、そこを押してくのは間違いないと思う。逆に僕の場合特にこれといった武器はないから困っちゃうんだけど、蓮とは目指してるものが違うからね」


 聖弥くんは蓮と一緒にレッスンを受けてたから、自分と蓮の差が開いていくのがわかったんだろうなあ、ちょっと苦い表情を浮かべてる。

 そこは器用貧乏と、一点集中で執念深くやりこんでる人間の差だよね。


「蓮のプロモーションとして考えると、MV作ったときのターゲットは僕たちじゃないんだよ。――この曲がハマる世代、ぶっちゃけ、舞台とかミュージカルの制作陣を狙ってるんじゃないかと思う」


 そっか! つまりはママ世代ドンピシャってことだ! 前に有名な脚本・演出家が同い年だって言ってたことがあるし。これは、かなりいいところを突いてるんじゃないだろうか。


「そっかそっか。なるほどー。よし、オッケ! 私たちだけでもいいけど、滝山先輩にも声掛けよ。ゆーちゃんママの視点もいいかもしれないけど、MV撮るときに滝山先輩の演出も参考にしたいでしょ」


 あいちゃんがパン! と手を叩く。

 あっ……。それは正論なんだけど。正論なんだけどもー。


 こっそりWデートに持ち込もうとしている私たちの目論見が、ターゲットのあいちゃんの手で粉々にされるというかさ……。

 聖弥くんも「おおー」なんて感心してるんじゃないよ! わざわざこっちが(恨まれたくないから)声かけて数に入れたのに!


「滝山先輩に聞いてくるね!」


 善は急げとばかりにあいちゃんが教室から飛び出していく。こ、これは、スタイリストモードに入っちゃったな。そんなあいちゃんを聖弥くんも頷きながら見送ってる。


「滝山先輩がいてくれると、きっとイメージも膨らんでわかりやすくなるだろうね」

「じゃなくて聖弥……アイリだけで本当は良かったのにわざわざ聖弥にも声かけた意味が消し飛んだぞ。それでいいのか?」

「え?」


 慌てた蓮の言葉に一瞬聖弥くんはきょとんとして、その後猛烈に青ざめた。わあ、わかりやすい!


「も、もしかして僕に声を掛けた理由って蓮の相方だからじゃなくて!?」

「私とあいちゃんと蓮の3人で買い物行ったら、後で聖弥くんに恨まれるじゃん! だからわざわざ声かけたのにー! あそこで滝山先輩呼ぶっていうの止めるかと思ったら全然止めないんだもん!」

「うわあ、僕バカだー!」


 突っ伏した聖弥くんに、近くで一部始終を見ていた宇野くんがぼそりと言う。


「安永が男見せたんだから、由井も思いきって告白すればいいんだよ……平原以外は結構気づいてるんだし、平原狙ってるの由井だけだから」

「えっ、えっ?」


 まさかの方向からの銃弾を浴びて、聖弥くんは赤くなったり青くなったりしてる。


「気づくなって言うのが難しいかと……合宿の時から態度があからさまだったし、文化祭の女装の時も狙いがバレバレだったしさ」


 須藤くんまで口を出してくるし、その後ろでは倉橋くんが苦笑いしてるし。

 うん、ガチ女装組の言うとおり。聖弥くんの態度はあからさまだから、周囲にかなり気づかれてる。

 だからこっちも援護射撃してるのにさーーーーー。肝心なときに鈍いな、聖弥くん。


「ぼ、僕も今頭が分析モードに入ってたから……蓮のことを売りだすとしたらこうするだろうなとか考えてて……ううう」


 聖弥くんが机に突っ伏しているところに、あいちゃんが走って戻ってきて勢いよく教室のドアを開けた。


「滝山先輩OKだって! 今日予備校あるけどそれまでなら、って」

「……良かったな、聖弥」

「それ以上の時間まで粘ろうね」


 私と蓮の生温かい励ましに、聖弥くんは力なく頷いた。



 放課後、滝山先輩も合流して駅に向かう。今日は横浜まで行っちゃおうと思うんだよね。藤沢だと結構お店がばらけてるから。


「蓮くんのMVねー。できることなら力になるよ」


 滝山先輩はノリノリだったけど、元歌を聴いて難しい顔になってる。


「これを……蓮くんで……え、海でって柚香ちゃんのお母さんは言ってるの? うーん、海でもいいけど、早朝より夕暮れ時の方がいいなあ。私だったら……そうだなー、敢えて高校生らしさを見せて、年相応の外見と歌唱力と演技力のギャップを出していきたいかも」

「私もそう思います。だから服はこんな感じでー」


 電車の中だけど、滝山先輩の横に座ったあいちゃんがスケッチブックにサラサラとイメージ画を描き始める。


「ナチュラルにしたいですよね。足下はスニーカーで」

「ダッフルコート外せないよね。大人が思う『高校生らしい』感じにしよう。色はベージュかキャメルで。黒却下」

「蓮はかっこつけだからいつもの蓮と逆方向のを選んだらいいと思いますよ。つまり黒却下」


 あいちゃんのイメージ画を覗き込みながら、滝山先輩と聖弥くんが意見を出してる。


「なんでだよ……」


 黒いPコートを着てる蓮が、3人の言い様に「解せぬ」って顔で少しむくれた。