第176話 病院行って1回休み。

「ユズ、大丈夫? 蓮くんから連絡が来て迎えに来たんだけど」

「ゆずっち~、ごめん、ほんっとごめん! ボクが無理させちゃったから……」

「大丈夫か、柚香」


 心配そうなママ、半泣きの彩花ちゃん、彩花ちゃんに負けないくらい泣きそうな顔の蓮。

 場所は……あ、ここはダンジョンハウスの小部屋かな? ソファっぽい物に寝かされていて、テーブルとかドアの配置が見覚えある。


「私、何があったの?」

「更衣室で倒れたらしいわ」

「ゆずっち、何かボクに言いたいことある?」


 ママの説明は簡潔だけど倒れた理由はわからなくて、彩花ちゃんの方は言ってること自体がよくわからない。


「言いたいこと? いや、別に……あ、更衣室で倒れたんだったら、彩花ちゃんがここに運んでくれたってこと?」

「いや、それは安永蓮が。……倒れたときのこと、思い出せる?」

「倒れたときのこと……」


 えーと、彩花ちゃんの態度がおかしいって蓮がメッセージ送ってきて、着替え終わったら帰ろうってことになって。

 あ、そうだ、彩花ちゃんに「ひとりでダンジョンに行くな」って言われたっけ。

 その後は……なんか、銅剣を持った土偶が何か……。


「土偶が、馬型の埴輪に乗って? ……うーん、それ以上思い出せない」

「馬形の埴輪に乗って? そんな話はしてないけど」


 私の答えに今度は彩花ちゃんが困惑している。

 何だこの状況。


「明日は学校休んで一応病院に行きましょ。ここのところずっと忙しかったのにまともな休みなんて一日も取ってなかったじゃない。さすがのユズも疲れが溜まったのかもよ?」


 ママの言う通りかもしれない。確かに休んでないと言われればその通りだもんね。


「頭とか痛くないか? 柚香が倒れて長谷部が俺を呼びに来たとき、おまえすっごい顔色白くて焦った」

「そう言われると、ちょっと痛いかな?」

「……体育祭の前も毎日ダンジョンに付き合わせてたし、倒れたの俺のせいかも……」

「いや、それはないよ。蓮より体力には自信があるもん」


 心配そうな目を私に向けている蓮にきっぱり言い切ったけど、蓮の表情は晴れない。


「とにかく、明日はゆっくり休めよ。クラフトのことはなんとかするから」

「あ、ゆずっちママ! 今日の戦利品換金してマジックポーション買わないといけなかったの」

「じゃあアイテムバッグ預かるわ、私も使用権持ってるし。ユズは先に車に乗ってなさい。蓮くんと彩花ちゃんも送っていくから一緒に乗ってて。ユズが過労だったりしたら、あなたたちも危ないわよ」


 ママが彩花ちゃんに車のキーを渡したので、私たちは言われた通りに車でママを待つことにした。

 蓮が助手席で、彩花ちゃんが後部座席の私の隣。座った途端に、彩花ちゃんにぎゅっと手を握られた。その手の温かさに、なんだかほっとする。


「彩花ちゃんの手、温かーい」

「うん、ゆずっちの手は冷たくなってるね。……ほんとごめん」

「長谷部、おまえ柚香に何かしたのか?」


 助手席から振り返って彩花ちゃんに問いかける蓮の声は硬い。普段は「目力強い」で済むけど、今の蓮の目は彩花ちゃんを射貫く様に厳しかった。


「……悪い、それは言えない。でも、ゆずっちを傷つけようとか、具合を悪くしようとしたわけじゃない。……ねえ、本当に倒れる前に話したこと、覚えてない?」

「うーん、彩花ちゃんが何か話してくれれば思い出すかも」

「やっぱり、言えない。ゆずっちがまたあんな風に倒れたりしたら嫌だもん」


 それっきり彩花ちゃんは口をつぐみ、ママが車を発進させても、家に着くまで何も話さなかった。

 彩花ちゃんを降ろした後に蓮を送っていったけど、別れ際に「アイテムバッグの使用権、俺にも明日だけ付けて」って言われたから使用権を付与してバッグを渡しておいた。

 蓮は何か思いついたのかなあ。



 その日はゆっくりお風呂に入って、いつもより早く寝て。

 次の日は朝から南部総合病院に連れて行かれていろいろ検査して。

 でもまあ、特に異常は見つからないって言われたね。そうだろうと思ったけど。


 帰り際、赤ちゃん連れたお母さんが目の前歩いてたから、思わず生まれたてほやほやとおぼしき赤ちゃんをにんまりと見つめてしまった。

 手がちっちゃくて可愛いなあ! 動物も人間も赤ちゃんってなんでこんなに可愛いんだろうなあー。


「赤ちゃん可愛いねー。そういえば、私が生まれた病院ってここ?」


 会計待ちのママに尋ねてみたら、「違うわよ」と言われた。

 そういえば、その手の話って聞いたことがなかったかも。


茂原もばらのお祖父ちゃんの家の近くにある、イソダ産婦人科っていう病院よ。ほら、パパって生活面のことは頼りないでしょ? だから里帰り出産だったの」

「里帰り出産?」

「こどもを産んでしばらくって、母親は体も回復させなきゃいけなかったり大変でしょう? 出産直前だとできないこともいろいろあったりしてね。だから、ママの実家――茂原のお祖父ちゃんの家に4ヶ月くらいいたのよ。茅ヶ崎に帰ってきたのは、ユズの首が据わってからね」

「く、首が据わるって何?」

「ほら、赤ちゃんってあんな風にふにゃふにゃでしょ? 生まれたばかりの頃って頭の重さに首の強さが耐えられないから、必ず頭を支える様に抱っこしないといけないの。大体生後3ヶ月から4ヶ月くらいになると首が強くなって、頭を自力で支えられる様になるのよ。それを『首が据わる』って言うの」

「へぇぇぇぇー」


 確かに、赤ちゃんってふにゃんふにゃんだもんねえ。

 私の斜め前に座っているお母さんも、胸に抱いた赤ちゃんの後頭部を支えている。そっか、そういえば赤ちゃんを横抱きしてるときって、腕の上に赤ちゃんの頭載せてるもんね。そういう意味があったのか。


 私の興味は赤ちゃんに移ってしまい、なんとなく聞いた茂原の生まれだということは頭の片隅に押しやってしまった。


 その日も大事を取っておとなしく寝ている様に言われ、ママがヤマトを散歩に連れて行った。

 毎日体を動かしてると、こういうときにモヤモヤするなあ。

 明日は思いっきり走ろうっと……。



 そして翌日学校へ行くと、クラフトの半分くらいの人がフリークラフトを習得していた。

 ――蓮、何をやったの?