第153話 私のために争わないで~♪

 衣装は衣装担当が突貫で作ってる。

 というか、凄いね。クラフト目指してる人って、本当に「そもそも物を作るのが好き」って人なんだなー。クラフトスキルに頼らなくても、平気でドレスやらタキシード(もどき)やら縫い上げるんだよ。

 分業制になってて、型紙当てて切る係とか、ある程度ミシンの扱いに自信がある人はミシンやってるけどね。


 振り付けの方も固まって、練習が始まった。――いや、始まろうとしていた。


 ファントムとクリスティーヌとラウルは3人で1組。これはメンバー固定。

 例えば、私のチームは蓮がファントムで、ラウルが倉橋くんだ。同様に、あいちゃんのチームは前田くんがファントムでラウルが聖弥くん。


 ……これに、異を唱える奴が出た。


「安永蓮、勝負! ボクがゆずっちのファントムになる!!」

「えー……」

「時々困った奴だなあ、彩花ちゃんって」


 女子だけど唯一ファントムやる彩花ちゃんが、何故か名乗りを上げてきた。

 いや、何故かじゃないわ。私が男子と何かするのが特に嫌なんだよね、彩花ちゃんは。


「クラス最強の長谷部に、安永が勝てるわけないじゃん」

「長谷部さんのファントム、かっこいいのは認める。髪の毛の長い女子がやるファントム、一部の人を熱狂させそう」


 滝山先輩は彩花ちゃんがファントムをやるのを許可したけど、そういう思惑があったのか。確かにうちのママとか好きそう。

 また、彩花ちゃんって手足長くて動作が大きいから、確かに映えるんだよねー。

 映えるんだけども……。


「長谷部さん、柚香ちゃんのクリスティーヌと組むなら、蓮くんじゃないと駄目なの。わかんないの?」

「わかりませんしわかりたくもない! ゆずっちはボクのものだ!」

「内面は100点満点のファントムだね! その意気やよし! じゃあ歌ってみて!」


 仁王立ちで腕組みをする滝山先輩。迫力だけはマダム・ジリーだね。一方、きょとんとする彩花ちゃん。


「え、歌?」

「だって、踊れる上に生歌唱が一定以上のレベルじゃないと意味ないから。長谷部さんはダンスは凄いけど、歌も少なくとも蓮くん以上じゃないとね。さあ、『歌え、私のために!』」


 ファントムのセリフで煽る辺り、さすがですわー。

 一歩後ずさった彩花ちゃんは、冷や汗を垂らしている。

 うん、彩花ちゃんは……カラオケで採点70点台の人なんだよね。

 多分だけど、蓮は今なら93点くらい出せるんじゃなかろうか。

 歌に関しては聖弥くんよりも蓮の方がうまい。なんか知らないけど、蓮はお手本があるものに関しては、すっごく自分の物にするのがうまいんだよね。


「く、くぅ~っ! 安永蓮!! おまえだけは許さない!」

「なんで俺恨まれるんだよ!? 理不尽すぎねえ!?」

「あはははは、よかったー、俺は歌がなくて」


 彩花ちゃんの一方的な恨みをぶつけられている蓮を見て、のんきそうに倉橋くんが笑った。


「倉橋! おまえも許さない! ゆずっちと手に手を取って逃げるシーンがある!」

「あ、やばい、藪蛇だった」


 呆然としてる蓮に対して、倉橋くんはダッシュで逃げていく。うん、さすが生粋の冒険者科。危機に対して対応が早い。


「待てよコラァ! そういえばおまえゆずっちと同じ道場に通ってるんだって!? 許さん!!」

「ライトニングボルトー。ちょっとだけよ」


 ヤマト並みの暴走を始めた彩花ちゃんに、3年生のひとりが魔法を打った。魔法って、補助の杖無しで打てるんだ!?


「うぎゃっ!」


 たいした威力じゃないらしくて、彩花ちゃんはびっくりして転んだだけだったけど、なんとか収拾は付いた……ようにその時は見えた。



 大規模な陣形移動はグラウンドでないとできないし、グラウンドはを交代制で使う事になってる。

 だから、グラウンドが使えないときは駐輪場とか体育館前とか中庭とかでダンス部分の練習をすることになっている。


 私と蓮は生歌唱のシーンがあって、そこは正面から一番見える場所でやるから、先輩たちの気合いも凄い。――その分、練習量も多い。

 サントラの音源を使って、滝山先輩が付けた日本語歌詞を歌うんだけども……。


「こ、これ、やっぱり歌わなきゃダメですよね?」

「恥は捨てて! 最初の衣装合わせの時に自分で言ってたでしょ!」


 ああ、蓮が滝山先輩に論破されてる……でも、気持ちは分かるよ。


「クリスティーヌ、私の音楽の天使。どうか私の手を……む! り!」

「無理じゃない!」


 逃げようとした蓮の手をがしっと滝山先輩が掴んだ。凄い。気合いが凄い。今杖を持ってたら、絶対床をドン! ってやってた。

 ……や、でも分かるよ。私もあの歌詞を自分に向かって歌われると思うと微妙な気分だもん。


「無理じゃないよね? 長谷部さん?」

「ハイハイハイ! ボクなら歌えます! クリスティーヌ、私の音楽の天使。どうか私の手を取って。愛している。結婚しよう」


 即座に私の前に跪いて、右手を差し伸べて歌う彩花ちゃんよ……。うん、似たような事を言われ慣れてる彩花ちゃんでも薄ら寒いなぁー。


「堂々と歌うのがいいね! でも音程が外れてる、残念!」

「やっぱり思春期まっただ中の1年生にはきついよな、この歌詞は」

「かといって俺たちに歌えと言われたら全力で逃げるしか」


 3年生男子がぼそぼそと呟いてるけど……。

 はっ! メインを1年に回したのってまさか、こういう展開から逃げるため!?


「恥を捨てろ。ミュージカル俳優になるんでしょ!?」


 滝山先輩のド正論が蓮の逃げ道を封じる。ぐぅ、と蓮は呻いた。


「だ、誰からそれを」

「王子様から聞いたよ!」

「聖弥ァァァ!! 許さねーぞ!」

「え? クラス全員知ってるよ? でも蓮、俳優を目指すってそういうことだよ? 役によっては好きでもない相手とキスシーンがあったりするんだよ? 愛してるって歌うくらいどうって事ないと思わない? クリスティーヌ、私の音楽の天使。どうか私の手を取って。愛している。結婚しよう」


 聖弥くんはラウルだけど、一緒に組んでるクリスティーヌであるあいちゃんに向かって堂々と歌いよった……。それ、演技じゃなくて完全に私情ですよね。


「エンジェル・オブ・ミュージック、私に翼授けてくれた音楽の天使。あなたに心寄せたこともあったけれど」


 あいちゃんも差し伸べられた手にたおやかに指先を載せて、即歌い返すなあ! 度胸が凄いよ。


「チーム『ビジュアルがいい』、さすがに度胸が据わってる」

「でも歌も踊りもSE-REN(仮)の方が上なんだよねー」

「どうしても蓮くんがダメだったら、聖弥くんと前田くんに役を交代してもらって、聖弥ファントムとアイリクリスティーヌでいくしかないかな」


 滝山先輩たちが悩み始めたその時――。


「恥は! 捨てます!」


 すっごい形相で蓮が私の方に向き直った……。


 すうっと深呼吸して一瞬蓮は目を閉じ、目を開けたときには表情がガラッと変わっていた。


「クリスティーヌ、私の音楽の天使。どうか私の手を取って。愛している。結婚しよう」


 跪いて私の愛を請う、力強くも切ない歌声。そして、不安を目の奥に揺らしながらも私を熱く見つめる目。


「エンジェル・オブ・ミュー……ちょっと待ってください! 不意打ち無理! 心の準備をさせてください!!」


 声ひっくり返っちゃった! 蓮は確かに最近演技については開花してきてたけど、ここでいきなり爆発させないで欲しい!