まさかね、思いませんでしたよ……。
体育祭の練習が、「スキップの指導」から始まるなんて……。
マスゲームはダンスがメインじゃない。
音楽に合わせて、集団で陣形移動したり簡単なダンスをいれるもの――だったらしい。昔は。
北峰高校のマスゲームはそれがどんどん変化していって、「大人数での陣形移動」がメインなのは確かだけど、それも演出の一環というか。
セリフがあるわけじゃないけど、例えばウエストサイドストーリーではふたつのグループが向かい合って交互にダンスすることで対立構造を表したり。
それに、そもそもダンスやってる人間ばっかりじゃないしね。
参考までに見せられた何年か前の西遊記も、大道具の岩を割って孫悟空役の人たちが走り出てくるんだけど、側転してたりしたのはふたりだけだった。
カルメンのダンスが凄かったっていうのも、センターで踊ってた例の熊沢先輩がダンス部で、その人だけ振り付けが違ったから。
他のカルメンはそんなに難しくないステップ踏んでただけだったよ。
だがしかーし。
ボックスステップはいいんだ。あれは割とすぐ出来るようになる。
スキップできないのは謎だな!
金子! 千葉! 浦和! あと中森!!
なんで生まれたての子馬みたいになってるの!
滝山先輩の書く「シナリオ」も、10分の演技に収めるダイジェストストーリーだから、本当に主要な部分かつ、話が繋がるようにまとめるだけらしい。
それを元に、動きを決めるのが振り付け担当で、必要な大道具を作るのが大道具担当。
まだシナリオができあがってこないから、1年生はスキップの練習とかリズムレッスン。2.3年生は「シャンデリアは必須だよな」「主要キャラの衣装だけでもデザインしておこう」って感じ。
基本、衣装は簡単な物で「それっぽく見えればいい」んだけど、ほぼ本職ともいえるクラフトがいる冒険者科は、デザイン画描いて型紙起こして、衣装係が縫製までやるらしい……。
他のチームは、ぺらっと1枚のプリントに衣装の作り方の説明書いて、布渡して終わりなんだってよ……たまたま中学の時のクラスメイトに朝会って、マスゲームの話したら温度差に驚いてしまった。
それでも優勝できてないってのがなあ。なんだろうね。
スキップできない男子を指導してるのはあいちゃんで、さっきから罵声が飛び交ってる……。「なんで手と足が一緒に出てるの!」とか。
端から見てても、動きを細かく分割して、根気よく教えてるよ……。でも怒鳴っちゃうんだよねえ、あいちゃんは。
私の方は、リズムレッスン担当。蓮と聖弥くんはこの辺もママから指導されてるので楽々だけど、割と混乱しちゃう人もいる。
むむう……夏休み、本当にずっとこんなんじゃないだろうなあ。
土日はさすがに休みだから、明後日の日曜日は予定通り鎌倉ダンジョンで配信だけど。
鎌倉ダンジョン――江ノ電に乗って長谷で降りて大仏様の横を通り過ぎ、「大仏切り通し」と言われる昔の「鎌倉への入り口」だったところの側にある中級ダンジョンだ。
もう、ダンジョンに付くまでに蓮が大騒ぎするのが目に見えている。
切り通しって言うのは、前が海、他の三方を山に囲まれて、守りは堅いけど交通的にめちゃくちゃ不便だった鎌倉の地への入り口として人為的に切り開かれた場所だ。
ママに言わせると「キルゾーン」。狭い道で攻め手の侵入を防ぎ、鎌倉を防衛するための機構のひとつ。
いやあ……外から攻められる以前に、鎌倉の街中自体も内輪もめで何度も戦火に焼かれてるけど……。
そんな切り通しの側にある鎌倉ダンジョンは、「狙っただろ!」と言わんばかりの、アンデッドモリモリダンジョンだ。ガチでアンデッドしか出ない。
ごく普通の武器だとアンデッドには効果が薄いので、不人気ダンジョンのひとつでもある。
蓮のロータスロッドははっきり氷属性付いてるし、私の村雨丸は薄いけれど水属性、聖弥くんのエクスカリバーにはやっぱり薄いけれど聖属性が付いているそうだ。
伝説金属オンリーで武器を作ると、アンデッドには特効武器みたいなもんなんだって。金沢さんから聞いた。
わざわざ不人気ダンジョンに行く理由は、アンデッドを嫌がって絶叫しながら敵を倒す蓮という絵面を撮りたいから!!
実は蓮には「日曜日にダン配するよ」って知らせてはいるけど、どこへ行くかは教えてないのだ!
聖弥くんは自力で気づいちゃったし、五十嵐先輩には教えてあるんだけどね。
それと、私がうっかり雑談配信で「肝試しも兼ねて」って言っちゃったもんだから、鋭い人は行き先が鎌倉ダンジョンだって分かっちゃったらしいんだよね。
聖弥くんもあいちゃんもすぐ分かったって。
神奈川の怖いダンジョンって言ったら鎌倉ダンジョンと、知ってる人は当たり前のように知ってるから、私の迂闊な一言で行き先がバレてしまった。
しかも、配信は事前に告知しろって言われてるから、告知は昨日したけども「日曜日に私たちが鎌倉ダンジョンで配信する」って一部には気づかれてる。
ここで、聖弥くんですよ。
今回のダン配は元々サポーターが同行する予定だったけど、昨日の告知の時に私にわざと「ダンジョンエンジニアがいないから、ゲストで呼んだ」って書かせた。
更にひとつ、思考の落とし穴があるのだ。
前に私は「残りのアポイタカラは100gずつ研究機関に寄付した」と宣言してる。
けれど、実はインゴットや鉱石状態ではないアポイタカラが残っていた。
そう、寧々ちゃんのところに布として。
私たちY quartetの装備は合計で十数億円もする、補正もガッチガチの物というのは有名だ。
裏を返せば「Y quartetは装備を剥いじゃえば何もできない」と思ってる人がそれなりの割合でいる。
おまけに、サポーターとして参加する人が、アポイタカラ製の布で作った防具を着てるなんて多分誰も予想してないだろう。私ですら一時期余り布があることを知らなかったくらいだもん。
私がうっかり漏らした言葉で、ここまでの事がゾロッゾロと繋がって出てきたときには頭抱えたよね!
でも聖弥くんには「思わずにっこり」の事態らしいよ……。
うまいことお膳立てできた状態らしいから、更に準備を整えて私たちは配信に臨む。
あー、怖いなあ……。
聖弥くん、「2回目は手の内がバレるから、今回襲撃してきて欲しい」とか言ってるんだもん。
この腹黒王子め。