「私、主武器が太刀なんですけど、刀としての使い方が打刀だって気づいちゃって」
両手を膝の上に揃え、私は立石さんに向かって相談した。
もちろん、前から「道場できちんと教わった方がいいわよ」と言われてたのもあるけど、あまり切迫してなかったんだよね。
村雨丸が強すぎて。
私の至らぬ剣の腕でも、勢いでエルダーキメラを両断してしまえるほどの
「学校の先生にも動きが細かいって言われましたし、ちゃんと剣術を習ったこともないし。……村雨丸を最大に活かせるようになりたいんです。村雨丸は凄い刀だから、失礼にならないように扱いたくて」
「それで、倉橋に紹介されてここに来たと」
「はい」
「なるほどねえ。村雨丸に敬意を持ってるところはいいな、俺は好きだよ、そういうの。世の中には、未だに人斬り包丁なんて言って刀を嘲る人もいるからなあ。……村田、ちょっと柳川さんと打ち合ってみて」
「はい」
声を掛けられたのは、倉橋くんよりも歳上の男性だ。例の木刀を私に一振り渡してくれて、道場の真ん中に立つ。
そういえば、今更気づいたけど、ここって床が木じゃなくて土だ。自然のままというか、実戦環境を想定してるのかもしれないけど、でこぼこしてる。
「怪我しない程度に実戦のつもりで本気でやってみて。あんまり手抜きされると指摘することもできなくなる」
「はいっ!」
お互いに木刀を片手に持ったままで、礼をしてから構える。構えは中段、その先に相手の顔を捉える。上にも下にも対応できる、一番基本の構え。さすがにこれは学校で習ってる。
「始め!」
「エエェェェーイ!」
立石さんの合図で、一気に間合いを詰められながら鋭く打ち込まれる。速い!
咄嗟に一歩下がりながら攻撃を木刀で受けたけど、受け止めきれなくて自分の木刀がガン! とおでこに当たった。
「ぎゃっ!」
「それまで!」
「ごめん! 倉橋、保冷剤ー!」
初撃を受け止め損ねた私は見事に一撃入れられ、思わず木刀を手放してうずくまってしまった。
学校の模擬戦なんて比じゃないくらい一撃が重かった……。
村田さんは木刀を手放してしゃがんだ私の様子を見てくれ、倉橋くんは冷蔵庫に向かって走って行った。
おでこは赤くはなったけどこぶとかにはならず、一応様子を見てと言われ、その日は私は見学だけをすることになった。
迫力が、とにかく凄い。
打ち込み台替わりの丸太に、思いっきり振りかぶった木刀を、踏み込みながら打ち付けていく。
ある意味泥臭い、でも限りなく「相手を殺すこと」を目的とした剣術に感じた。
だってもう、木刀握ってる倉橋くんが、「親の仇」みたいな顔で丸太に向かってるんだもん。殺気が凄いんだよね。
「おでこが治ったらまたおいで。多分さっきのは対人だから咄嗟に手加減をしちゃったんだろうと思う。ステータスを見る限り、本来拮抗するはずの力だし。あと、村雨丸を持ってくるように」
午前中2時間ほど見学させてもらって、今日私ができることはあまりないのでまたおいでと立石さんに声を掛けてもらった。
私も、受けたのに力負けしちゃったのは初めてだからリベンジしたいしね!
「わかりました! 村雨丸を持つとどうなるかとかチェックするんですね?」
「ううん、俺が見たいだけ」
「あ、俺も見たいー。実物見たことないからさー」
「岡田切そっくりなんだっけ? 私も見たーい」
殺気バリバリで木刀振るってた人たちが、キャッキャと村雨丸を見たがっておりました……。
帰宅して、笠間自顕流の話をママにしたらめちゃくちゃ食いついてきた。
想定内です。ごちそうさま。
「それで、打ち込まれて頭に当たらないように木刀で受けたんだけど、そのまま押し切られておでこ打っちゃって……」
「やっだー! ほんとー! すごーい!」
道場で借りた保冷剤を新しい物と交換しながら、何故かママは私のおでこを見て大興奮しております。なぁぜなぁぜ?
「示現流と言えば薩摩の御留流って話は聞いたでしょ? 幕末の京都で新撰組がやり合ってたのは薩摩の武士もいたのよ」
「あ、そうか。薩長っていうもんね」
「薩摩の初太刀は必ず外せってね。ユズみたいに受けようとして、自分の刀でそのまま自分の頭を割って死んだ人も結構いるらしいのよ! 頭蓋骨に鍔がめり込んだり」
「うっひゃー!」
えっぐい話を聞いてしまった!
というか、嬉々として話すなあ、ママは!
あの時の村田さんの一撃が、私の目に焼き付いている。
体と木刀がひとつになったような、踏み込みを重さに変えた剣に感じた。
「念のため病院でレントゲン撮ってもらって、何もなかったら明後日また道場に行こうと思う。――それで、できれば入門しようかなって思うんだけど」
ママの反応を見ながら私は自分の気持ちを伝えてみる。
ママは反対するかな? 示現流にミーハーな反応は示してたけど、軽いにしろ怪我しちゃったしなあ。
そんな私の心配は全く杞憂で、ママは「命に別状がない程度に、やりたいことをやりなさい」と呆れるほど寛容に受け入れてくれたのだった。