「こんにちワンコー! Y
「始まっちまうなー」
「始まるねえ……」
夏休み前最後の土曜日、私と蓮と聖弥くん、そしてヤマトの「Y quartet」は箱根に来ていた。
目的は、大涌谷ダンジョン踏破! そう、「SE-REN火祭り事件」へのリベンジのため!
『こんにちワンコー!』
『久々のダン配だな』
『ゆ~かちゃーん! こんにちワンコー!』
『大涌谷ダンジョンか。プチサラマンダーがおるダンジョンじゃな、初心者のRST上げに最適と言われておるぞ』
『火祭り事件の舞台だね』
『聖弥くんの新衣装だー!』
『後ろの2人は顔が暗いぞ』
おお、早くもコメント欄が盛り上がってますねー。
私はノリノリだけど、後のふたりが暗いのは確か。ぶっちゃけここはトラウマの地だからね。
だからこそ、早めに克服しておかなければならない! あと、新装備のお披露目もしなきゃいけなかった。
しないとあいちゃんが怖いから。
聖弥くんの武器ができてから、その写真と補正データをあいちゃんに送ったら「引くわ」って一言返ってきて、月曜日にはデザイン案見せられたんだよね。
蓮はもうわかりやすい魔法使いだからよかったんだけど、戦闘スタイルも想像つかないしどうしろと? ってキレてた。
なので、できあがった聖弥くんの装備は、無難にショート丈のトップスに、蓮と同じボトムス。色違いだけどね。上が白で下がベージュなのと、上が緑で下が黒のセット。
あのあいちゃんが、あまりのイメージ掴めなさに、聖弥くんに色の希望を訊いてたよ……。聖弥くんは白と緑が好きらしく、それをトップスに持ってきて、下は各々合わせやすい色で。
あいちゃんは自分で色指定しておいて、「冒険者が白なんか着るんじゃねーよ、汚れが目立つだろうが……」とか凄い言い方でぼやいてたけど、洗えるからいいんじゃないかな!
「これでY quartetの全員の新装備が揃いました! 総アポイタカラ製の布防具です! デザインはあいちゃんで、寧々ちゃんのお父さんに作って貰いました! わー、拍手ー!」
「これ言わないとアイリが怒るから。あいつ結構怖い」
「蓮、それ言っちゃダメだよ」
はははははー、こいつら明後日あいちゃんに実技でフルボッコにされるぞー! まだまだ武器の扱いではあいちゃんの方が上なのだ。
『3人お揃いだ』
『総アポイタカラ製布防具……いつ聞いても脳がバグる』
『芋ジャーを返して』
『あなたが芋ジャーを着ることで救われる命があります』
「ないよ、そんな命!」
初心者の服はアレはアレで便利だけど、ステータス補正が一切ないからね……。PVとか撮るときにやむを得ず着ることはあるかもしれないけど、実戦で着るものではない。
「今日は、火祭り事件のリベンジです……」
「蓮、もっと笑顔で!」
「いや、ゆ~かちゃん、無理だから……」
いつもは無駄にスマイル振りまいてる聖弥くんも、今日は冴えない顔だよ。
それだけ、火祭り事件の時に大変な目に遭ったってことだけども。
「大丈夫だってば! 3人の中で一番RST低い私でも補正込みで106もあるんだよ? プチサラマンダー、恐るるに足らず!」
私が拳を突き上げると、ふたりはのろのろと拳をあげた。やる気なーい!
「とりあえず、4層までは突っ走ります。いくぞー、ヤマト!」
「ワンッ!」
今日は実戦だから、あいちゃんのお父さん経由で頼んで貰ったリングブレスも両手に装備してる。左手の方は更にアタッチメントを付けて、肘まで覆う形にしてもらった。
アポイタカラの元の色からはちょっと薄くなって水色っぽいんだけど、これを付けると黄色い服だから目立つんだよね。
「ほら、ふたりとも、走れ~!」
あまり意気が上がらないSE-RENをせっつくと、ふたりはため息をつきながら移動を始めた。
もうね、やっぱりこの装備の前では初級ダンジョンのモンスターはザコなんだよね。
ステータスは高くても白兵戦の動きは身についてない蓮を、私が守る形で進んでいく。
私は殴る蹴るで近付くモンスターを蹴散らし、聖弥くんは盾でゴブリンとかをぶっ飛ばしている。そっちの方が当たりやすいのは確かだね。
初級ダンジョンは迷路みたいになってる場所が凄く少なくて、大涌谷ダンジョンもだだっぴろい赤土の地面がむき出しになってるだけだ。
ただしそれは3層までで、4層に入った途端私たちを熱気が襲う。
「うわ、暑いっ」
「プチサラマンダーがいなくても、このフロア嫌なんだよ」
びっくりする私に、ぼやく蓮。さっそくコメントで解説が入る。
『溶岩エリアじゃな』
『うわー、見てるだけで暑そう』
『足下、でこぼこが多いよ。気を付けて!』
「これが大涌谷ダンジョン4層かー! 確かに溶岩ありますね、端っこの方に。あれだけでこんなに暑いんだ!」
そう、視界の隅っこの方にちょっとだけ、妙に明るくて赤い部分がある。
この層の地面は、黒い岩でゴツゴツしてる。溶岩が冷えて固まった感じなのかな。
「じゃあ、まず一番RSTが高い上にLV10になってない聖弥くん、突撃~!」
「ええー、嫌だなあ」
嫌だなあと言いつつも、聖弥くんは一番近くにいるプチサラマンダーに向かって、プリトウェンを構えてスタスタ歩いて行く。
向こうのファイアーブレスが当たったところで、所詮は初級4層のモンスだし、このステータスを通るダメージは与えられない。
「RST上げだよ! 浴びまくれー!」
効率上げのために、私は走り回ってプチサラマンダーの注意を引き、聖弥くんの方へ誘導する。
『なんだ、この鬼畜の所業は』
『でも、まあ大丈夫だろ、あの補正なら』
『ゆ~かが鬼だ』
「大丈夫! 聖弥くんのRSTは補正込み215だよ! 私の倍以上あるからね!」
鬼鬼とコメントで言われたので、絶対安心の理由を一応言っておく。コメントには「……」が溢れた。
「うわっ」
聖弥くんを遠巻きにしたプチサラマンダーが、火の玉を飛ばし始めた。
大涌谷ダンジョン以外にも、火山近くにある初級ダンジョンには似たようなエリアがあるらしい。総じて「初級最難関ダンジョン」と言われてる。
これが、その理由。物理攻撃してくるモンスが多い中で、魔法攻撃かつ、遠距離の攻撃をしてくるのがプチサラマンダーだから。
火の玉が盾に当たってそのままぷしゅっと消える。うん、ダメージは入ってなさそう。
「聖弥、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫みたい。わー!?」
大丈夫と言った側から、数匹のプチサラマンダーに囲まれて次々火の玉を浴びる聖弥くん。でも、盾どころか服に当たっても燃えたりしない!
「あっ、これ凄いね! 攻撃が全然効いてないよ!」
集中砲火を浴びながら、なんともないと気がついた聖弥くんがこっちに向かって手を振る。
やっぱり凄いな、この防具!
「キュアッ!」
「キョキョッ!」
聖弥くんに向かって火を吐いているプチサラマンダーたちは、「なんだこいつ、ブレスが効かないぞ!?」って驚いたのか、体の大きさなりの鳴き声を上げた。
プチサラマンダーは、でかくて赤くて火を吐くトカゲですね。
私の視点からすると、ちょっと可愛い。ヤマトがいなかったら、これをテイムしてたかもしれない。火を吐くって便利そうだし。
なーんて、余裕綽々で見てたら、仲間の鳴き声で呼び寄せられたのか、私たちの周りにフロア中のプチサラマンダーがわらわらと寄ってきてしまったのであった!