第91話 アグさん師匠

「アグさん、私も一緒に叩かせてもらっていい? 弱いから!」

「ギャス」


 なまくらの剣を装備して、刃の部分を手のひらでポンポンと叩いて見せ「この武器、切れないんだよ」という事をアグさんに示してみた。

 アグさんは「いいよー」と軽いノリで言うように一声鳴く。


 凄いなあ、意思疎通できるんだもんねえ。

 私なんか下手すると、ヤマトとすら意思疎通ができないんだけど。


 多分だけど、アグさんのマスターさんは、たくさんたくさんアグさんに話し掛けたんだろうなあ。


「ヤマト、その調子で頑張って! 私も一緒に戦うからね」

「ガルルル!」


 犬歯をむき出しにして唸るヤマト。こっちはどうも本気っぽいな。アグさんは完全に手加減してるんだけど。

 さっきの「咆吼」に挑発効果でもあったのかなあ? ヤマトは見たことないくらいバリバリの戦闘モードになってアグさんに何度も向かっていく。

 飛びかかったところで尻尾で「ぺしっ」されてるんだけどね。


 私もなまくらの剣の腹で、アグさんに攻撃をした。補正が-5だからはっきり言ってダメージは全く通らないってわかってるんだけど、痛いかなあ? って思っちゃうとつい手加減しちゃうね。


 なまくらの剣をアグさんの体に打ち付けると、凄い固い手応えがある。さすがVIT900超えのドラゴンだよね。


「ごめん、アグさん! 早めに終わらせるから、本気でいかせてね!」

「ギャーオ!」


 アグさんが長い首を縦に振った。ついでに、尻尾に噛みついたヤマトをぶんっと上に放り投げる。


 ヤマトはまるで猫みたいな身のこなしで、飛ばされた天井を蹴ってアグさんの首筋にくらいつこうとした。うわっ、殺意高っ!

 首を噛まれるとちょっと良くないんじゃないの? アグさんの尻尾は首筋に届かないし、手は短いし――と思ったら、その長い首を振って頭でヤマトをぶっ飛ばしたー!


 あ、これ心配いらないやつだ。

 アグさんはフレイムドラゴンという「そもそも強い」下地がある上に、LV52っていう経験値がある。

 つまり、湧いて倒されてしまう普通のフレイムドラゴンとは違って、「成長し続けた」フレイムドラゴンなんだ。ステータスもだけど、戦術も身につけてるから破格に強い。


 毛利さんたちと一緒に、たくさんたくさん戦ってきた強いドラゴン。

 私如きが心配する相手じゃないんだわ。


「毛利さん! 蓮は大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ! 気絶もしてないし、念のためポーションも掛けておいたから」


 さすが熟練冒険者、処置が的確だ。


「蓮、アグさんじゃなくてヤマトを鑑定して! HPが減ってたらライトヒールで回復させて!」

「わかった!」


 視界の隅で蓮がスマホを構える。私はアグさんの背中の固い場所を狙って、なまくらの剣で攻撃をし続けた。



「休憩! 休憩しよう! 柚香ちゃん、ヤマトを止めて!」


 そう毛利さんが声を掛けたのは、どのくらい経った頃だろう。私も集中しちゃってて、よくわからない。

 蓮が3回くらいヤマトにライトヒールを掛けたのは見えてた。


「止められるかな……ヤマト、ストップ! ストップだよ! ……うーん、ダメかー」

「まだ従魔を止められないと!?」


 私のコマンドが効かないヤマトに、毛利さんが驚いてる。――訂正、ヤマトを止められない私に驚いてる。サーセン!!


「グー、ガウッ!」


 なんどぶっ飛ばされてもアグさんに飛びかかっていくヤマト、全然スタミナ切れしないな! いや、最初に出会った日から凄いスタミナ持ってたのは知ってるけどね。


「キュ~……グォワァッ!」

「キャインッ!」


 アグさんは離れようとしないヤマトに「困った子だね-」みたいに唸った後、凄い声で吠えた。

 アグさんに噛みつこうとしていたヤマトは、顔を間近に寄せられて至近距離から咆吼をくらい、悲鳴を上げて崩れ落ちる。


 私は慌ててヤマトを抱き上げて、走ってアグさんから遠ざかった。


「ダメージではないみたいだけど、鑑定して!」

「今のは指向性の強い【咆吼】に【威圧】を同時に使ったんだよ。相手とのLVが開いているとこんな風に気絶させることもできる」


 慣れた調子の毛利さんの解説。なるほど、例えば「口が向いてる方向から130度の範囲」とか効果が限定されているんだろうな。私には声は聞こえたけど効果は感じなかった。

 レコーディングしたときのボーカルマイクみたいなものだね。使い方は逆だけど。


「LV差があったら気絶させられるって、反則級に強いじゃないですか……」


 一応ロータスロッドを構えたまま、蓮が呆れ顔で呟いた。

 確かに、「差があれば」強いけども……。


「うん、でもアグさんは自分より高LVの相手と戦うことは多かったけど、咆吼で気絶させられるほどの低LVの相手はあまりしてこなかったからね」


 それですわ。そもそも、毛利さんが高LVなのはアグさんのおかげが大きいって言ってたから、アグさんをテイムしてからはきっと戦いまくりだったんだろうね。


 ヤマトにポーションを掛けると、首をブルブルっと振って起き上がった。

 バーサク状態は解除されてるらしくて、飼い犬モードのヤマトだ。


 私がアイテムバッグからお皿と水を出してあげると、喉が渇いていたらしくてがぶがぶ飲んでいる。あれ、そういえば?


「時間、どのくらい経ちました?」

「1時間半経ってんぞ? おまえ、おかしいよ」


 しっぶい顔するなあ、蓮は!

 でも1時間半って言われて自分でもびっくりだよ。


「柚香ちゃん、凄いスタミナだね。高校生でここまでの体力がある子は見たことない。脱水を起こさないように十分水分補給して」


 私は毛利さんの言葉に従って、スポーツドリンクを開けて飲んだ。一口飲んだら喉が渇いてるんだって体が気づいた感じで、1本を一気飲みしてしまった。


「うわー、一気飲みしちゃった! ダンジョンの中ってむしろ外より涼しいのに」

「特に夏になると、そのせいで脱水を起こす人が多いよ。外と比べちゃうんだ。俺たちはダンジョンに潜ったら1時間に1度は小休止を入れる。安全なところがあれば、少しずつでも休む。そうしないと集中力が切れるからね」

「ためになります。……憶えとけよ、ゆ~かも」

「山とかでは気にしてるんだけど、ダンジョンだと周りに敵がいることが多くて、休み損ねるんだよね」


 2本目のスポドリを飲みながら答えると、毛利さんはうんうんと頷いている。


「柚香ちゃんはまだ本格的にダンジョン攻略をしてないから、その意識が薄いんだろう。そもそも同じ階にいることが多いみたいだしね。

 モンスターは特殊な例を除いて層の移動をしないから、階段が安全地帯っていうのは常識だからね。上級ダンジョンだと隠し部屋と階段が安全地帯だけど、レア湧きが層を移動できるせいで階段は絶対的な安全地帯じゃなくなる」

「そうですね、学校で習いました。初級ダンジョンではレア湧き報告例が一切なくて、中級でも物凄く少ないから、そこまでは階段で休んでいいって」


 学校で習いました、に驚いたのか毛利さんが目を丸くしている。蓮は最近冒険者科ネタでは驚かなくなってきたんだけどね。


「学校で習うのかー! やっぱり時代は変わったなー。若手冒険者が最近はめきめき頭角を現してるけど、きっと冒険者科の卒業生も多いんだろうね」

「言っても設立7年目なので、4年分出てるはずなんですけどね。でも1学年35人しかいないのが、神奈川の場合県内に5校で175人だとして、そこから戦闘専攻だけを考えると更に半分くらいになるから……結構いますね」


 うん、思ったよりいました。神奈川は多い方で、県によっては2校しかないところとかもあるらしいんだけどね。


 ヤマトは水を飲み終わると、さすがに疲れたのか後ろ足を伸ばして伏せの姿勢になった。ピンク色の舌を出してへえへえいってる。

 走り回って自分より弱いモンスターをワンパンチで倒すのよりも、アグさんと戦うのは疲れるんだねえ。