「武器どうする?」
「ハンデなし、いつもので」
「りょー」
私と彩花ちゃんは淡々とショートソードを選び、バックラーを付ける。
いやー、正直、乗ってくるかどうか5割だと思ってたね。彩花ちゃん、面倒くさがりだから。
私と向かい合って立ってる姿も、全然力んでない。両手だらーんとしてて、長い髪を1本に束ねただけなのを後ろに払ったりしてて。
「始め!」
何度も手合わせしてる相手だから、奇襲はまず効かない。お互いにそれを知ってるから、私たちは相手の様子を見つつじりじりと間合いを詰めた。
先に切り込んだのは私だ。できる限り予備動作をなくした、速さが命の突き。胴のど真ん中を狙ったのに、彩花ちゃんはためらいもなくショートソードを手放し、滑らかに仰け反ってそのままブリッジで剣を避けた。
ブリッジからバク転に入るときの反動で蹴り上げられる! バックラーに重い衝撃。私はバックステップで距離を取った。
震えるね、この圧倒的な柔軟性! 彩花ちゃん自身のポテンシャルを活かすには、絶対布防具じゃないとダメだと思う!
私がちょっと距離を取った隙に彩花ちゃんがショートソードを拾い、こっちに踏み込んで来た――と思ったら、ショートソードぶん投げてきた!
ギャラリーの中から「んげっ!?」とか「なにぃ!?」とか叫び声が聞こえるね。そりゃそうだ、戦闘中に武器をぶん投げるバカは滅多にいない。
でも、相手の「想定外」を意図的にやってくるのが彩花ちゃんなんだよ。
こちらに飛んでくる剣を見て、私はとっさに防御態勢に入ってしまった。軌道を見定めてバックラーで受けようと。
でも、同時に彩花ちゃんが体を低くして突っ込んでくる!
「なんだあの速さ……」
「長谷部っていつもあんなじゃないよな」
「手加減されてたってことか」
呆然とした男子の呟きが聞こえる。そうだよ、みんな、本気の彩花ちゃんを知らないんだから。
判断が遅れた! 剣を盾で受け止めてたら彩花ちゃんにやられる!
飛来する剣を、そして遅れて長身から放たれる蹴りを、私は左方向に飛び込みながら前転して避けた。
バックラーを付けている左腕で受け身を取る。素手戦闘に移行した彩花ちゃんに対して、私はショートソードを放さない。
私と彩花ちゃんは身長が5センチは違う。素早さが同じだったら、そのリーチが、戦闘の勝敗を分けてしまう。
顔面狙って繰り出される拳を髪1本の差で避ける。視線は彩花ちゃんの顔に固定したまま、私はまっすぐショートソードを突き出した。でもショートソードは彩花ちゃんの脇腹をかすっただけ。
ぐっと彩花ちゃんが沈み込むように見えた。――これは、あの技の予備動作!
素早い上段蹴りを、思いっきりしゃがんでかわす。そしてショートソードの腹を思いっきり彩花ちゃんの軸足の脛にぶちかます!
「痛ぁー! 降参降参、やっぱりゆずっちは強いねー。ボク、強い女の子大好きだよー」
片足でぴょんぴょん跳ねながら、一瞬前までのひりつくような緊張感をかき消して彩花ちゃんが両手を挙げて降参してきた。
いや、痛がってるけどさあ、直前に人の顔面狙って拳を入れてきたよね!? あれ当たってたら痛いどころじゃ済まなかったんですが!?
「はぁ……今日は勝った……彩花ちゃんやっぱり最強。でも手加減された! 悔しい~!」
相手が降参したから、勝ったには勝ったよ。でも、手加減されたから勝ちに数えたくない!
「え、手加減!? あれで?」
「どの辺が手加減だったんだ?」
かれんちゃんとあいちゃんは知ってるから良いけど、他の面々が呆然としてるね。
そりゃそうだよね……。
「手加減に見えなかったかもしれないけど、最後の上段蹴りの前に予備動作あったでしょ!? 何回もあれ食らってたら憶えるじゃん! それ知ってる相手に出すことなんて彩花ちゃんにしたら手加減なんだよー!」
地団駄踏みながら悔しがる私じゃなくて、いつものへらへらモードに戻った彩花ちゃんの方にクラスの視線が集中してる。
わかるよ、ダークホースって奴だね。
今まで「平均よりちょっと上」を装って埋没してた彩花ちゃんが、本当はどんだけ強いのかみんな思い知ったんだ。
見たか! 彩花ちゃんは私より強いんだぞ! 守って欲しいに1票入れたくなるでしょ!
「予備動作……あったか?」
「全然わかんなかった」
「ゆずっち、気のせい気のせい~」
ひらひらと手を振って彩花ちゃんがうそぶくけど、そんな態度にはこっちは騙されん!
「ずるいずるい! 彩花ちゃんそうやって本気の実力隠してるー!」
「だーって、めんどくさいしー。本気はダンジョンでだけ出せばいいじゃーん。学校の訓練で死ぬわけないんだしさー」
「長谷部……それを先生の前で言ったら終わりなんだぞ」
「しまったー」
先生のツッコミにてへぺろしてる彩花ちゃんはいつも通りで。
でも、私と戦ってる最中のあの射貫くような目は、私しか知らないんだ……。
その瞬間その瞬間の最善手を息つく間もなく打ってくる、生粋の戦士。それが私の知ってる長谷部彩花。
世の中、たまーにこういう化け物がいるんだよねー。あ、褒め言葉としての化け物ね。
「中学3年間も私にわざとマラソン大会の1位取らせてたけど、普段ガチ勝負すると彩花ちゃんの方が走るの速いの! ずるくない!?」
「長谷部ぇ……この先手加減は先生が許さんぞ~」
「ゆずっちぃ! 裏切り者ー! ボクの平穏な高校生活を返せよう!」
ガバッと彩花ちゃんが私に抱きついて、頭ぐりぐりしてくる。
「あのさー、冒険者科に入っておいて平穏な高校生活とか、むしろ何言ってるんですか? って言いたいんだけど」
「だってだってー、今目立っちゃったから、次から次々男子に挑まれるんだよ? 今までのんびりやれてたのにー」
「いや、挑まねえよ、長谷部にも柳川にも」
「のんびりやれてた……だと?」
私と彩花ちゃんのやりとりに、またもやポカーンとなってるギャラリー。そうですね! 戦闘実技はのんびりした授業じゃないですよ、普通の感覚ではね!
「柳川も長谷部も凄かったな。先生もびっくりしたぞ。だけど他の生徒は真似をしないようになー。じゃ、そろそろ今日の授業に入るか」
「真似するなって……できません、あんなこと!」
「先生、そもそも剣を投げるって戦法として有りなんですか!?」
興奮冷めやらない一部の生徒から、先生に質問が飛んだ。先生たちは3人揃って「ナイナイ」と手を振って否定する。
「普通に無しだ! 今のは1対1の対人戦だったから有効だっただけで、モンスターとの戦闘では基本的に武器は手放すな。サブ武器はあくまでサブ武器だから、例えば武器を思い切りモンスターに噛まれてそのままだと身動き取れないとかいう局面でない限り、武器は手放すな。
最初から投擲目当てだったら、投擲武器を使え。スローイングナイフとか手斧とかな。ただし確実に回収できるわけじゃないから気を付けろ」
「そうだー、先生、私サブ武器に棒手裏剣作って貰ったんですよー!」
「ほら、こういう奴がたまにいるんだ! サブにならないサブ武器を持つ奴が! まあ、棒手裏剣が完全にサブ武器にならないかと言えば、戦法次第とも言えるけども……あれを握って思い切り敵に突き刺せば、接近戦でもダメージを与えられないわけじゃない。
まあ、柳川の場合はサブ武器と言っても棒手裏剣はあくまで投擲用だろう? おまえ主武器を手放したら格闘するつもりだろう」
うぐう、先生に私の戦法を読まれてる!
「ゆーちゃん、先生に見透かされてるよ!」
「いいかー、くれぐれも長谷部や柳川の真似をするなー。たまにいるんだ、化け物みたいに強い奴。ステータスじゃなくて、戦術を駆使してくる強さって奴だな」
あれぇー!?
彩花ちゃんはともかく、私も化け物枠ですか!? 解せぬよ!!