第65話 SE-REN(仮)、MV撮るってよ

「法月……もしかして、法月毅さんかい? 寒川の」


 会社辞めることにして一気に気楽になったのか、ビール飲みながらパパが寧々ちゃんのお父さんの名前を出してきた。


「そうだよ。うちのクラスのクラフト志望の寧々ちゃんのお父さんなの。知り合い?」

「おおー。たけやんかー、懐かしいなー! 昔のパパのパーティーメンバーだよ!」

「えええええええええええ!?」


 なんという運命の巡り合わせ! 今日採寸に行ったときは向こうは気づいてなかったなあ。まあ、法月に比べて柳川の方がよくある名字だもんね。明日寧々ちゃんにも教えてあげようっと。


 てか、パパのパーティーメンバーって言ったら、ダンジョンができたときから活動してるってことだよね……最古参クラスのクラフトじゃないの?


「当時はクラフトスキルを取れても、ジョブに昇格するっていうのがなかなかわからなくてなあ。たけやんはダンジョンで鉱脈見つけては掘って、ダンジョンハウスでインゴットにしてたんだよ。

 あの頃はふたりともファイターで、パパは盾持ちタンク、たけやんはそれこそ柚香みたいに刀振り回してたっけなあ。あれは家の蔵にあったやつだって言うから、ダンジョン産でもクラフト産でもない武器だったよ。たまに鉱脈掘ってるときに敵が出て来て、つるはしでそのまま倒したりしてな。ははは」

「へええー」


 パパは盾持ちタンクだったのか。私はその戦闘スタイルは継いでないなあ。てか、つるはしで倒すって……寧々ちゃんのお父さんパワフルだな。同じクラフトマンでも金沢さんとは全然違う。


「刀で戦ってるとDEXが伸びやすいみたいでね、それでかなり早くクラフトを取れたんだよ。たけやん自身は最初はクラフトにはあんまり興味なかったみたいだけど、ちょこちょこやってたらクラフトマンのジョブが生えて、DEXがますます伸びやすくなって戦闘でも強くなったんだ。

 いやー、クリティカル率が高くてなあー、凄かったよ、たけやん」

「……クラフトマンになったのに、戦闘メインだったんだ」

「初期の冒険者なんてそんなもんさ。そもそも戦闘ができなければダンジョンなんて行けなかったからな。今みたいにスタイルがファイター・メイジ・クラフト・テイマーって分かれるようになったのは、冒険者が増えたからこそってことだな」


 お酒が入ってるせいか、パパがよくしゃべるなあ。

 なるほどなるほど。確かに、人が少なかった&ジョブ条件がよくわからなかった頃は全部のことができちゃったり、向き不向きとは別のことをやっちゃう人が多かったんだろうね。


 しかし、テイマーに最初になった人なんか、どうやってテイムを成功させたんだろうなー。ダンジョンに出てくるモンスターを従えられるなんて、どうして思ったんだろうか。


 つらつらと考えながらパパの昔話を聞き、今とは全く違うダンジョンの状況にほへええーってなりながら夕飯を食べ終わり、とりあえずママご乱心の件に関して蓮くんに連絡をする。


「突然、ママがMV撮るって言い出した。そういえば前に言ってた気もするけど、今度の土日に撮るって」


 うーん、自分で書いておいてなんだけど、急にも程があるでしょうよ。

 私も前にSE-RENのチャンネルの動画は(4倍速で)一通り見てるけど、その時は「どんな編集をしてるか」に重点を置いて見てたので、どんな歌だったか、振り付けがどのくらい難しいかとかは全く憶えてない。


『?』


 あ、柴犬が首を傾げてるスタンプ返ってきた。可愛いなー。

 てか、こんな可愛いスタンプ使ってるのか……何が「クール」だよ。かれんちゃんより余程可愛い物好きじゃん。

 あいちゃんとか、北斗○拳とか三国志とかのスタンプバリバリ使ってるよ?


「前に国分寺ダンジョンでヤマトと追いかけっこしたときにママが言ってたの憶えてる? それだよ! 本気で週末にSE-REN(仮)のMV撮るって。だから、明日は『走って』寧々ちゃんちに行って採寸して貰ったら『走って』うちに来て。レッスンしてくれるって」

『今通話平気か』


 確かに、今リアルタイムでやりとりしてるから通話した方が早いな。

 私は洗い物をしているママの後ろにスススと移動して通話ボタンを押した。


「こばー」

『こんばんは……って、なんでいきなりそんな話になってるんだ? 練習期間短すぎねえ?』

「私にもわからなーい」

『わかんねえのかよ!』

「うん、防具を今日頼んできたんだけど、大体木曜日くらいにできあがるって言ったら、ママが『ひとつくらいはアイドルらしいことしないと』的な? ことを言い出して」


 スピーカーモードにしてたから、ママがどかっと体当たりしてきた。一言言わせろってことだな。


「もしもし、蓮くん? MV撮るわよ! ユズと一緒に活動してる間に、ユズの知名度を上手く使いなさい。来週には聖弥くん戻ってくるんでしょう? 防具ができたらMV撮るって前に言ったじゃない!」

『あっ、果穂さん、こんばんは。聖弥は退院はしたんですけど、まだ安静期間で、完全復帰にはもうちょい掛かる予定です。防具ができたらMV……あー、あー! 言われた気がする! 最近忙しすぎて忘れてました!』

「ちょうどいいわ、ボイトレしてあげるからこれから毎日うちに来なさい。あのMV撮ったときよりレベルアップした物を出すわよ!」

『ええええー、ボイトレ……して貰えるんですか。てか、指導できるんですか!?』

「ユズにボイトレしたのも私よ。9年も自分がボイトレ受けてればねえ、多少は教えられるようにもなるのよ」

『凄え、よろしくお願いします! てか、ゆ~かがボイトレ? なんでですか?』

「配信のためだよー。私はボイトレも滑舌トレーニングも小学校からやってるよー」

『マジかよ……俺なんかそれらしいこと一度もやらないまま歌の練習したぞ』

「でしょうね。音程は合ってるけど、声に伸びがないし、そもそも1オクターブしか音域使ってない曲よね、アレ。誰でも歌えるわ」

『ソーナンデス……』


 蓮くんの声があからさまに落ち込んでる! ママ、容赦ないな!


「ユズ、今あんたどれくらい声出るんだっけ」

「えーと、3オクターブ半かな?」

『マジか!? なんでそんなに出るんだよ!』

「練習したから~♪」


 ドレミファソラシド~♪の音階に合わせて歌ってみせたら、向こうは絶句してる模様。

 まあね、歌手目指してるわけでもないのに3オクターブ半出せる人間はそうそういないよね。


「あ、安心していいよ! ピアノに合わせて出せるのが3オクターブ半ってことで、実際に歌うときに出る声はそこまでじゃないから」

『そ、そうか、だよな』

「低音は体の構造上、個人個人で出せる限界が決まってるのよ。高音の方は練習すればかなり伸ばせるわ。いい声を出すのは練習あるのみよ。と言うわけで、ユズと同レベルとは行かないけど、軽ーくみっちり鍛えてあげるから、ちゃんと明日来なさいね!」


 軽くみっちりとは。……いや、軽くみっちりなんだろうなあ。ママ的には軽くだけど、蓮くん的にはみっちりって奴。

 特訓に次ぐ特訓だあ、蓮くん大変だなー。


 なんて他人事の顔をしてたら、ママがスマホじゃなくて私の方を向く。


「ユズ、あんたはMV見て聖弥くんパートの歌と振り入れときなさい」

「はーい」


 流れ弾! そうかー、私も歌って踊らないといけないんだよね。

 うーん、大丈夫かな……。いや、私じゃなくて、蓮くんが、ね。