「それでは五人の皆様から均等に金貨20枚ずつの出資をしていただき、株式もそれぞれが20%を保有することで合意していただけますね? それでは以下の契約書及び設立する『株式会社トルニアカンパニー』の定款に目を通していただき、その二つにサインをしていただけますかね?」
「ああ、出資金については後から誰かに持って来させよう。それでもいいかな?」
「ええ、もちろんです。代わりにサインだけはこの場でお願いしますね」
デュランの話にまんまと乗せられてしまった貴族の五人は、公証人のルークスが作成した二枚の書類を受け取ると、彼が差し出すがまま会社としての規則や取り決め、また役員や株式発行などについて詳しく書かれている
(大切な契約書と定款なはずなのに、この五人はまったく読まないんだな。それだけ俺の話を信じているとも言えるが最初から読む気がないとも受け取れる……とても危うい感じだな)
当然のことながら世の中は口約束よりも書類契約こそ何よりも重視され、一旦それにサインをしてしまえば覆すことはできない。仮に後から裁判所などに異議を願い出たとしてもまともに取り合ってもくれず、サインしてしまった自己責任として片付けられてしまうことになるのだ。
こうしてデュランは鉱山を再開させるための資金を得ることになったが、代わりとして設立したばかりの株式をすべて差し出してしまい、実質的には鉱山を他者へ売り渡してしまったのと同義になる。
けれどもトルニア鉱山に金貨100枚ほどの価値はないため、彼らが乗っ取ろうとすることもなかった。だから公証人が作成し管理をする公式な書類である会社名簿には、デュランが代表者のまま名を連ね、出資者の五人もそれぞれ役員として名を記された。
もっともデュランは株式を持っていないため名ばかりの代表ではあるのだが、鉱山の運営で利益が出た場合には出資してから半年後を
また株式についても紙媒体として発行はせずに書面上のみで配分を決めているため、そもそも実際に発行する必要もない。証券所などで株券を取引する場合には、配分率に応じて印刷発行をすればそれで済む。
(これで仕掛けは上々。あとは魚が餌に食いつくのを待つだけだ。仮に食いつかなければ、当初の予定通り鉱山を上手く回せばいいだけのこと。これならどちらに状況が転んだとしても対応できるし、ヘマをしても二重三重に保険も掛けてあるから大丈夫だ)
そしてデュランはさっそく鉱山を再開させるため、働いてくれる鉱員を集めることにした。
そのことをレストランに帰り話すと、アルフから「なら、俺の知り合いを使ってくれないか? もちろん賃金については他と同じでもいいからさ!」と強く頼まれてしまったため、デュランは頷きアルフが紹介してくれる労働者とその家族を雇うことになった。
本来なら賃金については雇う側の経営者としては安く買い叩くのがセオリーであり常識なのだが、デュランは彼らに標準の賃金を支払うことを約束した。これは他の鉱山で低賃金で働く彼らを見兼ねたこともあるのだが、実際には彼らに恩を先に売るというデュランなりの労働意欲向上を目的としたものだった。
賃金が日々を暮らしていくのを下回れば当然ながら労働者達はやる気がなくなり、仕事をするうえでの生産性や注意力の欠如により鉱山での危険が大きくなってしまい、雇う側としては目先の利益分しか得にならない。
また正当な労働に対する賃金の支払いは彼らの信頼を勝ち取る手立てとなり、賃金以上の働きをしてくれるのだとデュランは確信していた。
「でもなアルフ、レストランの仕事と掛け持ちなんて体が持つのかよ? 別に変な義理立てしなくてもいいんだぞ」
それから一週間後、デュランはレストランからトルニア鉱山に向かう途中で汚れてもいい服装の上下繋ぎ姿のアルフにそう話かけた。
「なぁ~に、水臭いこと言ってんだよデュラン。俺はこう見えてもな、弟や妹を含め九人もの大家族を一手に養ってる一家の大黒柱なんだぜ。はんっ! これくらいなんてことはねぇさ。それに金はあればあっただけ、妹や弟が楽をできるってもんだ。それを考えたら俺の苦労なんてゴミみたいなもんだぞ」
「……そうか。なら俺が口を出すことではないが、無理だけはするなよ。お前が倒れたら家族が路頭に迷っちまうからな」
「おうともっ! 言われなくても分かってるさ!!」
アルフはレストランで働きながらもトルニア鉱山で鉱員して働き始めていた。
それはデュランを傍で助ける目的もあっただろうが、本当のところは少しでも金を稼ぐことで家族を楽にしてやりたいとの思いから、そんなことを申し出ていたのかもしれない。
デュランはそのアルフの思いを汲み、彼に鉱山で働いてもらうことにした。
アルフはこれまでも鉱山で働いた経験があり、また主に坑道に入って掘る作業を担っていたらしく石に含まれている鉱物類を見分けられるとのこと。だからこそデュランは彼のことを現場を指揮する現場責任者を任せることにした。