そして数日が瞬く間に過ぎ去り、デュランが出資してくれる人達に説明する日がやってきた。
説明するためデュランが選んだ場所は公証所の一室であった。
「少し狭い部屋だが、ここを自由に使ってくれて構わないからね」
「いえ、これで十分です。それに大衆酒場で大切な話をするわけにはいきませんし、だからと言って銀行にも行けない。むしろこういった場所の方が都合が良いかもしれません」
そこは普段公証人の男性が書類仕事や来客の応対をする部屋の隣に位置する場所である。
部屋の中には中央に年季の入った木のテーブルと椅子がいくつか、それと壁側には窓があり日の光が差し込み、数人も中に入ったら手狭となるほどの広さしかなかった。
出資者に説明するため広く気の利いた場所を借り受けられればもちろん最高であるが、つまらない見栄を張り少ない資金を無駄にするのは出資してもらう人への冒涜だとデュランは考えていたのだ。
無論、この公証所の一室を借りるのに費用は一切かからない。
何故ならば、市役所などと同じく公共施設だからである。
「それに出資者の方々もバカンスをしに、ここへとやって来るわけじゃないですしね」
通常ならばそのような狭い部屋で説明会を開いても誰も集まることは無いが、ここは公証所なのだ。
その権力は言わずもがなである。
「……そうか。そういえば、資料には目を通したかね?」
「ええ、あれは今日の交渉に大変役立ちます! その……無理を言ってすみませんでした」
「ふふっ。なぁ~にあれくらいお安いごようさ。さて、キミのお手並み拝見と言ったところだね」
「はい!」
デュランは公証人へとある資料を集めるように頼んでいたのだ。
そのお礼を述べると公証人の男性は今日のこの話し合いについて期待を込めてなのか、自分が集めた出資者に対してデュランがどう説得を試みるのかと楽しそうに意味深な笑みを浮かべていた。
それからまもなくすると、公証所を訪れる者達が現れた。
それは公証人によって集められたデュランの鉱山の出資者となるであろう人達である。
「…………」
「…………」
年配の男性五人がデュランが待つ部屋へと入ってきたが、皆一様に不機嫌そうな顔つきで無言のままであった。
「今日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。さぁどうぞどうぞ♪」
デュランは一目見て一癖も二癖もある人物ばかりであると察すると、すぐさま笑顔になり椅子を引いて各々を席へと案内する。
「私の名はデュラン・シュヴァルツです。どうぞよろしくお願いします!」
「んんーっ……よろしく」
デュランはまず初めに自分の名を名乗り、右隣に居る男性へと握手を求めた。
「こほん……あーっ。紹介もいいが、早く本題に入ってはくれないかね? 私達は君と違って忙しいのだよ」
「あっ、はい。そうですね」
辛辣とはこのことなのかもしれない。
ここに集まった誰もが、デュランのまだ幼いその見た目を見て飽きれとも蔑みとも思える目で見ていたのだ。
「実は私の父が所有していた廃鉱山がありまして、それでそこを再開させたく皆さんに出資をお願い……」
「んんっ。君の話を途中で腰を折ってすまないが、それは無理だな」
「あ、あのっ。さ、最後まで私の話を聞いてもらえ……」
「ルークスさんに義理を立てたからこそ、こうして集まりはしたが私は鉱山なんかに
皆一様にデュランの話を最後まで聞くどころか、その概要すらも聞こうとしていない。
ルークス……それは公証人の男性の名前であり、彼に何かしらの恩があるからこうして集まっただけにすぎないらしい。
「それになんなんだ大金を出資してもらおうとするならば、それ相応の部屋を用意するのが
「……私も同じく」
それで堰を切ったかのように、一人の男性がそう口にすると他の四人も同じく席を立ってこの部屋から立ち去ろうとしていた。
「ふっ……ふふっ……ふっははははっ」
「むっ! なんだコイツは? いきなり笑い出したりして……気でも振れたのか!?」
「やっぱり来るんじゃなかったな。早く帰ろう」
突如としてデュランが高笑いを始めると出資者達は驚き飽きれ、そして若者なのに気が触れたのだと哀れむような顔で部屋を早々と立ち去ろうとする。
「(ぼそりっ)ウィーレス鉱山に出資した……さんの損失は金貨100枚……」
「はっ? い、今なんと言った?」
先頭に立って部屋を出ようとドアを開けたまさにそのとき、デュランが何か小さな声で呟き、彼の歩みを止めてしまった。
「ウィーレス鉱山に出資したカルテットさんの損失は金貨100枚……そう言いました」
「何故、それを君が……」
「またユーティリアさんは別の鉱山に出資して金貨150枚の損失、そのお隣の方は株の投資に失敗して……」
「あ、あ、あ……」
「ぅぅっ」
彼らが過去に出資して失敗した金額をデュランが口していくと、先程までの無関心な表情から一変、みるみる青ざめていった。
それらは事前にデュランが公証人であるルークスに頼み、集めてもらっていた資料から得た情報である。
「ど、どうしてそれを君みたいな若いのがそんなことを知っているんだ!? 今日、初めて会ったはずなのに……」
「ああ、なんてことはありませんよ。皆さんとこうして顔を合わせるのは初めてですが、噂を聞いたことがありましてね。それに昔からこう言うじゃないですか……人の口を縫うわけにはいかない、とね。酒場や証券取引所あたりで、少し聞き込みをすればこの程度の情報なんて手に入ることばかりですしね」
「……っ!?」
「ぐぬぬぬっ」
当然のことながら公証人の仕事は貴族達の資産を管理にすることも含まれているため、この手の情報はお手の物である。またあまり知られていないのだが、公証所ではそれらの資料は申請さえすれば
これは選挙権を持つ貴族や役人の潔白を証明するために設けられた制度であるが、今は廃れてしまいその存在を知るものはあまりいなかった。それに公平を規す立場であるはずの公証人ルークスがそれらの資料をデュランへ渡したなんて、彼らは微塵たりとも持ち合わせていなかったのかもしれない。
「さぁさぁ、もう帰るなんて言わずに一先ず私の話を聞いてみてください。帰るのはそれからでも遅くないんじゃないですかね?」
「ぐっ……し、仕方ない……わかった」
デュランは別に彼らが損失を出そうが気にはしていなかった。
けれども相手方の貴族達はそれなりの地位やいくつかの会社を経営しているので、他者から見た体裁や
もしその噂を広められでもしたら、彼らのこれまで築き挙げてきた信頼や信用が瞬く間に失ってしまうことになるだろう。それを恐れた五人は再び席へと着くことを余儀なくされてしまったのだった。