「んんっ? 確かキミの父親が所有していたのはトール村近くの山だったね。それも随分前に廃鉱になってしまった……それを再開させようと言うのかね?」
「ええ。以前こちらに伺い、それから自分のこの目で確かめてみたんですが……思いのほか鉱山の状態は悪いようには私には見えませんでした。それに鉱山を運営するのに必要な蒸気で動く排出用のポンプも備わっていました。きっと鉱物の産出量減少が原因で廃鉱にしたというよりかは、資金繰りが苦しくてしたんだと思います」
デュランがその目で鉱山の様子を確かめたのは十ヵ月程前だというのにその公証人の問いかけに対して、自信満々にそう受け答えていた。
当然のことながら、あのときよりも酷い有様になっているであろうことはデュランも承知の上であった。
けれども公証人は書類の上だけで物事を判断する。
だから自ら現地へと赴き、その様子を確認することはまず無いと言ってもいいだろう。それを知っているからこそ、デュランは話だけで彼を説得しようと試みたのだった。
「なぁ~るほど……古いとはいえ、地下水を汲み出すちゃんとしたポンプも既にあるわけなんだね」
「ええ」
鉱山はその名の通り、山である。
だから地下へと掘り進めれば掘り進めるほど地下水が湧き出ることがあるわけで、昔はそれを木桶を使い人力で地上まで汲み上げていたが、それには多大な人員とそれに見合う費用また時間が必要となるわけだった。
そこで登場したのが石炭を主に燃料として使い、水を沸かしその蒸気の力によって動力を得る蒸気ポンプの登場である。
これは水車の歯車と構造はまったく一緒で地下にある坑道へと降ろした羽に括りカゴを取り付け、地下水はもちろんのこと掘り進めて出る土や石、それと産出する鉱物類を地上へと排出することができる鉱山にとっては画期的な発明だった。
「だがいくら設備があろうとも、それを動かすには燃料となる石炭がいるね。それを購入する資金が無ければ、いくらポンプがあろうとも動かすことはできない……違うかな?」
「ぅぅっ」
顔をやや下へと傾けることで眼鏡レンズを通してではなく、裸眼でデュランのことを観察するように見つめている公証人は、彼の説明に弱敵があることを的確に差し向けるとそう言い放った。
デュランは自分の考えに欠点があることをいとも容易く見破られてしまい、返す言葉が見つからない。
蒸気ポンプは地下水を排出するのに便利な反面、その設備費用は莫大で常に石炭を大量消費するため、そもそも資金が豊富な鉱山主しか利用することはなかったのだ。
いくらポンプ設備があっても、それが動かなければ何にもならないのは改めて口にするでもなかった。
「ふっ。これはワシも少し意地悪がすぎたかな。いやぁ~、すまなかったね。何か困りごとがあるからキミは以前会ったことのあるワシのことを思い出し、こうしてわざわざ訪ねに来てくれたのだろう?」
「は、い。そのとおり……です」
公証人の男性は先程までの厳しい表情とは違い、年相応の優しい顔をデュランへと向けてくれる。
それはまるで自分の子供か孫を見つめるような優しい視線であった。
「そうだね……とりあえずというか、鉱山を再開させるのには資金が必要だ。それも大量の……な。それに鉱山の経営というものは、一日にならず。昔は運営されてたとはいえ、再開させたからと言ってすぐに鉱物が出るとは限らない。下手をすれば数ヵ月間……いや、半年か一年はまったく成果が出ないことがほとんどだ」
鉱山にしろレストランにしろ、収益を得るためには当然のことながら元となる資金が必要となる。
既にデュランの場合にはレストランのときに資金集めに奮闘していたが、鉱山の運営とはその程度とは比べ物にならないほど大量の資金がいる。
地下水を排出する蒸気ポンプを動かすための大量の石炭、地下にある坑道へ潜り危険が伴う発掘作業をする大量の人夫、石と鉱物との仕分け作業をする軽作業員の女性達、それに掘るために使用するツルハシや金槌などの消耗品、地層が硬い場合に爆破させるための爆薬……などなど、様々な費用がかかるわけだ。
そして掘れば必ず鉱物が出てくるという確証もないため、いつ産出するのか、またその量についても誰にも分からない。
「ちなみに資金繰りに関して、キミは具体的に何かしらのアイディアを持ち合わせているのかね?」
「一応……自分が考えたのは鉱山を会社化して出資者を募り、株式制度で鉱山を運営・維持していけるだけの運転資金を得ようと考えてました」
「うーむ。そうか……株式か。まぁ普通の経営者ならば、そこへと辿り着くことになるだろうなぁ」
「はい」
公証人に資金調達するアイディアを訪ねられたデュランは所有している鉱山を会社化して株を発行することで、鉱山を運営できるだけの資金を得ることを告げてみた。
出資者が会社へ出資するのには、その内容によりいくつかの種類へと分けられる。
一つはデュランが述べた『株式会社』である。
これは出資者から会社へと運営できるだけの資金を出資してもらう代わりに担保としての株式を発行し、その割合に応じて配当金を得ることができる制度である。そして
会社の業種や今後の事業計画、それに売上や利益そして一株当たりの配当金などなど様々な要素により、取引される株は額面以上にも以下にもなるわけだ。
一見すると株とは有益なことばかりに思えるのだが、これには当然のことながらリスクを伴う。
もし仮に会社が資金難に陥り倒産してしまったら、株の価値は無くなり
この他にも銀行などの金融機関または個人から借り入れる『融資制度』や、とてもリスクが高いがその分リターン(利益)も大きい『投資制度』などが挙げられるが、その中でもデュランが選んだのは鉱山を法人化して証券取引所などへと公に株式を公開・発行する株式会社だった。