塔で拾ったガラクタは商人に売って金に換える。キャンプの自宅に戻ったリベルタはまた顔を隠していつもガラクタを引き取ってくれる商人のところに向かった。
「いらっしゃい、今日もたくさん持ってきたね! これだと……全部で100オーロだ」
「そんなに!? ありがとう!」
満面の笑みでガラクタを受け取り、腕輪を介して100オーロ入金してくる商人に、驚きで目を丸くするリベルタ。危ないこともない塔でただ落ちている物を拾ってきただけだ。それで十日は食べていけるほどの売上になった。もちろんリベルタだって何も考えていないわけじゃない。商人が本当のガラクタをそんな高値で買うわけがないことぐらいはわかる。きっと大きな町に持っていけば1000オーロぐらいで売れるいい物なのだろう、でも商人ってのはそうやって利益を得るものなのだから何も悪いことはない。ただありがたいだけだ、と考えていた。
実際には今リベルタが商人に売ったアーティファクトの市場価格は10万オーロを超えるのだが、キャンプで生まれ育ったリベルタにはそんな桁の数字が頭に浮かんできたりはしない。方舟と違ってアルマを売る店などは無いので、このキャンプに住む者達は誰もが世の中の物価を知らないのだ。金銭感覚がまるで違う。
「思いがけない収入もあったし、だいぶお金が貯まってきたなぁ」
太陽が北の空に沈んでいき、赤く染まる空に三つの月がその存在を主張し始めた。この世界では太陽の沈む方向を北と定めている。方角の名称は地球からやってきた先祖が子孫に伝えたものだが、その先祖達は方角というものを知識でしか知らなかった。宇宙空間を航行する船の中で生まれ育った者達には馴染みがないからだ。そんなご先祖様達の事情など知る由もなく、リベルタは沈む夕日を美しいと思いながら食堂に向かった。
食料の提供方法は地域によって多種多様だ。リベルタの住む特別区のキャンプでは、妙に立派な食堂で調理オペラが料理を提供してくれる。入り口のメニューに腕輪をかざし、食べたいものを指でタッチすれば、代金が口座から引き落とされる。一番高いエクオスのステーキが5オーロ、一番安い栄養ブロックは2オーロだ。金が無い時は一日に必要な栄養素の約半分がかためられた栄養ブロックだけを食べていればいい。一日二食に抑えてたったの4オーロで十分な栄養が摂取できる。だがそんな食事は味気ないと考える者が大半だ。中には栄養ブロックの味が好きで食べている者もいるが。
「今日は奮発してエクオスを食べちゃおうかな!」
エクオスとはこの星に元から生息していた大人しい草食獣で、毛皮に覆われた馬のような姿をしている。家畜化に成功した数少ない原生生物のうちの一つだ。元は緑豊かな星で生きていたエクオスだが、砂漠化した世界ではその体毛が強い日差しを防いでくれた。エクオスの主な役割は荷物の運搬と食肉化である。労働力はオペラで十分賄えるのだが、機械と生物では維持に必要な資材が変わる。資源の少ないこの星においては特定の資源ばかりに頼るべきではないと考えた人類が、農業プラントで生産される穀物の、人間は食べない部分を餌にして育てられる草食獣を家畜として利用することにした。
「エクオスのステーキって美味いのかい?」
ご機嫌でメニューを選んだリベルタに話しかける者がいた。大柄で黒い肌の男性だ。知らない人間から話しかけられるのは、さほど珍しいことではない。キャンプには商人やエクスカベーターがやってくるものだ。だが、やはり突然大柄な男に気安く話しかけられると警戒心が生まれる。
「ええ、ここで一番のご馳走よ。あなたは旅のエクスカベーターさんかしら?」
少し身を引き、男を見上げる。自分は顔を隠しているが、若い女であることは声でわかるだろう。世の中には危険な男も多い。警戒するにこしたことはない。もちろん相手の男もそんな世の中の常識は心得たものだ、リベルタの態度に気を悪くした様子もなく「ああ、そんなところだ。この町にはさっき着いたところでね」と答えると口笛を吹きつつエクオスのステーキと
どうやら男は付きまとってくる様子もなく普通に食事を受け取りに行くようなので、リベルタも警戒を解いて自分の食事を受け取りに向かう。「ありがとよ!」と言ってカウンターに向かう男の、真っ黒な顔から覗いた真っ白な歯が妙に印象に残った。
「うーん、こんな贅沢ができるなんて、最高に幸せな日ね」
一人でエクオスのステーキに舌鼓を打ちつつ、思わず口に出して言ってしまう。周りの人間が気にすることもないが、我ながら大きな声を出してしまったと思い、少し身を縮めて食事を続けた。厚く切られたエクオスの肉はナイフで切られたところからじわりと肉汁を鉄板に垂らす。それがまだ熱い鉄板の上で音を立てて湯気を出し、濃厚な肉の香りをリベルタの鼻腔に運んできた。思い切り吸い込んで鼻いっぱいに幸せを詰め込むと、少し酸味のあるソースを切り取った肉に絡めて口に運ぶ。
「ご機嫌だね、リベルタちゃん」
今度はよく知っている男の声が耳に届いた。一瞬にして幸せな気分が吹き飛ぶ。声の主はキャンプでいつも女の子にちょっかいをかけて回っているろくでなしだ。リベルタはあまりこいつに絡まれたことがないが、友人達が付きまとわれて嫌な顔をしているのをよく見ているので心の底から嫌っている。さっさとプアリムにでも食われればいいのに、というのがキャンプの女性達の一致した見解である。
「へえ、いつも覆面で隠れてるけど可愛い顔してるじゃない」
勝手に目の前に座り、嫌らしい目つきでリベルタの顔を覗き込んでくる男に、露骨なしかめっ面を返す。さすがに食事中は顔を隠しきれなかったのが災いした。どうしてくれようかと思ったその時、男に声をかける者がいた。
「やあ、あんたもこの町の人かい? ここの飯は美味いね、どうだい一杯」
手にビールの入った大きなグラスを持ち、ろくでなしに話しかけたのはさっきの大柄な男だった。自分の分とは別にビールを注文したらしい。これは一杯3オーロだ。キャンプの人間にとってはかなりの贅沢である。
「あ、ああそうさ。もらっていいのかい? 悪いね」
ろくでなしも女の子に絡む以上にタダ酒が嬉しいようで、ニヤニヤしながらビールを受け取って男について別のテーブルに向かった。ふと目が合った男が、ウインクをしてろくでなしを連れていく。こんな振舞いをする男性がこの世に存在するのかと、リベルタは物語のヒロインになったような心地で男の背中を見つめるのだった。