第14話 愛犬ルドルフ


「ふぅ……お茶がおいしいですわ」


 朝から自宅の庭でのんびりとお茶を飲んでいるように見えるでしょうが、本当ならとっくに学園に向かっている時間です。なぜこんな時間にまだお茶をしているのかというと、実は今日こそは学園に行こうと準備していたのにお母様に急な頼み事をされてしまったのでまたもやお休みすることになったのですわ。


 これで何日目かしら?と思わなくもありませんが、もちろん進級するために必要な単位はすでにとってますので問題はないです。それに、どうせ学園に行っても見知らぬ令嬢たちに囲まれて嫌味を言われるだけですしね。ですからそれほど必要性は感じませんが学生時代って特別だといいますでしょう?やはり雰囲気って大切だと思うのですよね。まぁ、いいのですけど。


 ため息をつきつつ、ちらりと視線を動かすと芝生の上で気持ち良さそうにする愛犬ルドルフの姿が見えました。その愛らしい姿に思わずほっこりしてしまいます。ルドルフはそれはそれは美しい銀色の毛並みをした私の大切な愛犬ですのよ。昔に比べて大きくなりましたが、それでもその愛らしさは変わりません。


 私がティーカップを置きルドルフの所へ行くと、それに気付いたルドルフはごろんとお腹を見せて伸びをしてきました。


「ルドルフ、今日はお願いね」


 そう言って柔らかな毛並みを優しく撫でればルドルフは「わんっ」と目を輝かせましたわ。


 そう、今日はお母様の頼みで急遽倭国に行くことになったのですわ。倭国はとても遠いので馬車で行こうとするとかなりの距離があります。だからこそ頼んできたのでしょうけれど。


「本当ならシラユキ様をお迎えに行く約束の日はまだ先なのですけれど……」


 シラユキ様の事は数ヵ月に1回、事前に約束した日にお迎えに行くようにしてますのよ。でないと突然出向いてはご迷惑ですもの。しかし今回はとても大切な急用とのことですし後で謝罪することにいたしましょう。それに私もオスカー殿下と婚約破棄することを直接お伝えしたいと思っておりましたのでちょうどいいかもしれません。まだ成立はしておりませんが、たとえ陛下が妨害しようとも婚約破棄は私の中で決定事項ですもの。それなら報告は早い方がいいかもしれませんわ。


「さぁ、ルドルフ。そろそろ出発しますわよ」


 お母様から託された手紙を懐にしまい、私は立ち上がったルドルフをました。


 あぁ、ルドルフは本当に大きくなりましたわね。初めてルドルフと出会った時はとても小さかったのに、今や越えですもの。子供の成長は早いとよく聞きますけれど、ペットでもそれは同じですわね。


 ルドルフとの出会いは私が2歳の誕生日の日の夜でした。その日は200年に1度と言われる流星群が見える日で、私は両親と一緒に星空を見ていたのですわ。そして数えきれないほどの流れ星に「わんわ、ほちーです(訳;わんわんがほしいです)」とお願いしたのです。そして、その流れ星のひとつが庭に落下しましたの。


 庭には大きなクレーターが出来ていて、その真ん中に大きなたまごが落ちていましたわ。私は警戒するお父様の腕からするりと抜け出しそのクレーターに飛び込みました。そして見る角度によっては銀色に輝くたまごを思わず抱き締めると、なんとたまごが割れて中から子犬が産まれてきたのです。


 流れ星がお願い事を叶えてくれて、とても嬉しかったですわ。それからルドルフとはどんな時もいつも一緒なんですのよ。


 私はルドルフの背に飛び乗り、柔らかな毛並みにしっかりと掴まりました。ちなみに今日の服装はシンプルなパンツスタイルです。さすがにドレスでルドルフの背に飛び乗るわけにはいけませんもの。だってヒラヒラしていて邪魔ですでしょう?


「ルドルフ、GOですわ!」


「わぉーん!」


 ルドルフが遠吠えのように声を上げ走り出すと、銀色の光に包まれました。そしてものすごい速さで空を駆け抜けたのです。


 やっぱりルドルフは速いですわ。それに私の体を包む不思議な銀色の光は空気の抵抗を遮断してくれているのでこの速さの中でも吹っ飛ばされることはありません。とても快適でしてよ。


 え、なんの魔法かって?


 いやですわ、人間が魔法を使うなんてお伽噺の世界ですわ。魔法使いなんてものがその辺にいたら世界はひっちゃめっちゃかになりましてよ?つまりこれは、私ではなくルドルフの力なのですわ。


 ルドルフは“星の子”と言う伝説の生物らしいと言われています。〈流星群の奇跡〉とも言うらしいのですが、昔の伝承を調べている賢者と名乗るお年寄りの集団が確かそんなことを言ってましたわ。確かにルドルフは流れ星が落ちた場所にいて不思議なたまごから産まれましたけれど……皆さん物語の読みすぎですわね。ファンタジーがそんなにお好きなのかしら?


 まぁ、ルドルフは一般的な動物では見たことがないような煌めく銀色の毛並みをしていてとても珍しいでしょうし、脚力がとても強くて空を駆け抜けたりします。それにちょっぴり不思議な力がありますけれどちょっと大きいだけのいたって普通の犬ですわ。野生動物にだってたまには突然変異が産まれたりしますでしょう?少し毛色の色素が一般的と違っていたり産まれ方が珍しいだけですのになにをそんなに興奮しているのかしら?隔世遺伝や突然変異を特別視したり差別するのは間違っていますわ。


 それなのに、私が拾って私が名前をつけた私の犬を当時の宰相が「王家に献上しろ」なんて横暴な事を言ってきた時は幼心に私は傷付きましたわ。あぁでも、そういえば私が傷付つい事がわかったルドルフが怒って宰相の屋敷を半壊してからは何も言われなくなりましたわね。ルドルフはわんぱくですが、飼い主想いのとても優しい犬ですのよ。ちなみにその宰相は陛下に相談せずに勝手にルドルフを奪おうとしていたらしく即刻解雇されましたわ。


 なんでも賢者の方々が言うには、“星の子”とは主と認めた者のためなら世界をも滅ぼすらしいと言い伝えがあるとかないとか……。こんなに可愛いルドルフが世界なんかを滅ぼすと本気で信じているのかは知りませんが、無事に私の飼い犬だと認められてホッとしました。そしてなぜか私は国王陛下に気に入られてしまったのです。元々お父様と陛下は昔からの知り合いらしく、仲良し(?)だったとのことで是非オスカー殿下を婿に貰ってくれと御願いされて婚約が決まったのでしたわ。まぁ、この婚約はなにがなんでも破棄しますけど。


「あら、倭国が見えてきましたわ」


 相変わらずルドルフは脚が速いですわね。人見知りの激しい怖がりな子なのですけれど、どんなものでも背中に乗せてこの速さで運べる特技のおかげで倭国との外交やシラユキ様の恋のお手伝いにもひと役かっております。自慢の愛犬ですのよ。


「シラユキ様がお忙しくないといいのですけれど……」


 こうして私は、自国を出て数時間後には無事に倭国にたどりついたのでした。



 ────その自国で、どんな話が進んでいるのかも知らずに。