第9話 馬鹿なこと②

「お前の髪は虫がよってきそうな甘ったるい髪だな!」




 蜂蜜色の髪は太陽の光を反射させてめちゃくちゃキラキラしている。これでは蝶やその他の虫もも本物の花の蜜と間違えてしまいそうだ!それにセレーネの髪はなんだか甘い香りもしてすごくステキなんだ!




 俺はセレーネの瞳の色も大好きだった。この大きな美しい瞳に俺の姿がうつるのを見ると高揚感に包まれるんだ。だからその瞳いっぱいに俺がうつるようにセレーネの肩を押さえつけて上から顔を近付けて覗き込んだ。出来ればこの瞳に俺以外の誰もうつして欲しくない。俺だけを見ていてくれと言ったら、セレーネは困るだろうか?




「お前の瞳はまるで提灯アンコウが泳いでいそうだな!」




 セレーネの瞳の色は海の奥底のような神秘的な色だからまるで神秘の魚がいるみたいなんだ!さしずめ君は深海の人魚姫だな!きっと深海魚だってセレーネの美しさにびっくりしてしまうぞ!




 ふふ、まるで俺は愛の詩人のようだ。これでセレーネに俺の愛の深さが存分に伝わっただろうかと彼女を見れば、いつもと違い複雑そうな顔をしている。やはり、セレーネが好きなのは“馬鹿なこと”をしている俺であって、こんな“マトモなこと”を言う俺は好きじゃないのか……?!




「お、俺の言葉を喜ばないと婚約破棄だぞ!」と慌てていつものようにすれば、セレーネもまたいつものようにスンとすました表情になり帰っていった。




 ……笑ってはいなかったが怒ってないということは、喜んでくれたのだろう。もしかしたらセレーネは照れてしまったのかもしれないな。そう思ったら嬉しくてたまらなかった。






 学園に入学すると、仕方ないとはいえクラスも離れてしまった。成績順でクラスをわけるなんて、誰が考えたんだ!俺の目が届かない場所で、いくら俺が婚約者だとわかっていてもセレーネに近づく人間がいるのではと思うと心配だった。しかも成長するにつれセレーネはどんどん綺麗になっている。すぐに女生徒たちによく囲まれているようだと聞き、もしかしたらセレーネがあまりに綺麗だからファンクラブでも出来てるんじゃないかと思った。男に囲まれていないのが唯一の救いだったが、いつまでも俺だけのセレーネでいて欲しいのにと思った。




 学園での生活にも慣れてきたある時、クラスの男共がこんな話をしていた。




「男と言うのは、女にモテてこそ価値があるそうだぞ」




「うちの叔父は両手では数えきれない程の女と付き合ったそうだ」




「それはすごいな!」




 なるほど、俺が男としての価値を上げればセレーネはもっと俺を好きになってくれるし、そんなすごい俺からセレーネを奪おうとする男もいなくなるな!一石二鳥とはこのとこか!




 ちょうどその頃、同じクラスに俺にべったりとくっついてくる女がいた。




 ヒルダと言う名の令嬢で、この女は俺を誉め称えては露出の多い服装でやたらと胸を押し付けてくる変な女だった。確かにこの学園は服装は自由だがそんなに布面積が少なかったら寒くないか?それにいつもベタベタとくっついてくるので歩きにくいし、この女からは鼻の曲がりそうなきつい臭いがするのであまり近くにいたくなかった。俺はセレーネの特訓のおかげで嗅覚も敏感になっていたからかなりきつい。だが、ヒルダと一緒にいると他の男子生徒がなぜか羨ましそうに声を上げるのでどうやらこれがモテているという事らしいと確証する。みんなはこうやって我慢しながらモテるように頑張っているんだな。




 さらに、しばらくしてから見たことの無い女が目の前に現れた。マナーも何もないワガママな女だったが、どうやら違う国から来たらしい。どこかで見たことがあったような気がするが思い出せなかった。それにしてもやたらと「婚約は破談になったので……」とか「もうお兄様に遠慮する必要はないのですわ……」とかモジモジしながら言ってくるがなんのことだろうか?誰かに確かめようかとも思ったがたぶんすぐ忘れてしまうので諦めた。ハッキリ言ってセレーネ以外の女に興味がないから全く覚えられないので仕方がない。俺の頭の中はセレーネでいっぱいなんだ。




 このワガママな女はやたらと俺にセレーネの事を聞いてきた。どうやらセレーネに興味があるらしい。だからセレーネの髪や瞳の美しさや、セレーネがどんなに俺に優しいかを語ってやったんだ。これでこの女もセレーネのファンになってしまうんだろうな。俺としたことが熱が入りすぎたのかさっきまで昼前だったのに語り終えたら辺りがとっぷりと暗くなっていた。また授業をサボってしまったと気づいたときにはとっくに放課後になっていることもしばしばだ。




 それからというもの、ヒルダとワガママ女は交互に俺の前に現れてはベッタリと張り付いてきた。俺が授業を受けようとすれば「そんなことより楽しいことをしましょう」と人目の無いところに連れていかれてなんだかんだとセレーネについての質問攻めに合い足止めされるし、セレーネに会いに行こうとすれば「一緒に行きたい」と俺の腕を胸で挟んでくるのでやたら歩きにくくて結局休み時間中にセレーネのところへたどり着けたことがない。俺は辟易としてしまいやっぱりモテるのはもうやめようかな。と考えていた頃、またもやクラスの男子生徒たちが言っていたのが聞こえたんだ。




「オスカー殿下はあんな美女たちにモテてさすがだよな!いつも授業にも出ずにヒルダ嬢と人気の無い場所でをしているらしいぞ!」




「あれだよ!俗に言う“運命の相手”とかって言うやつじゃないか?いいよなぁ、ヒルダ嬢はスタイルもいいし、さぞかし楽しいだろうな!羨ましい!」




「もうひとりもかなりの美少女だし、毎日交互にお楽しみかぁ。婚約者がいるっていうのにさすがは第三王子だな!しかし……」






「「「馬鹿だよな~!」」」






 それを聞いてまたもや閃いた。




 スタイルのいい(らしい)ヒルダに楽しい事を教えてもらった。ヒルダが運命の相手だから婚約破棄だと宣言すれば、セレーネは俺をもっと“馬鹿な子”だと思ってくれるのでは?と。もうひとりのワガママ女でもよかったが、名前を忘れてしまったのでとりあえずヒルダにしておこうと思った。えーと、ヒルダはどこの家だったっけ……?まぁいいか。ちょっと名前を借りるだけだ。




 きっとセレーネは「またそんな馬鹿なことを……。そんな簡単に婚約破棄などできません」と、“俺と婚約破棄するのは嫌だ”と言ってくれるはずだった……。








 しかしセレーネは婚約破棄を承諾する発言を残し立ち去ってしまった。その夜、俺は父上からしばらく部屋で謹慎しているようにと言い渡されてしまい、セレーネに連絡を取ることも学園に行くことも出来ないでいる。




 父上が俺に言ったんだ。








「お前は、なんて鹿をしてくれたんだ」と。






 俺のせいでセレーネに迷惑がかかっていたなんて知らなかった。俺の迂闊な行動が全て裏目に出ていたとその時に初めて知った。




 俺はセレーネに愛されたかっただけなのに、いつの間にかセレーネが嫌がる事をしていたのだと……その時になってようやくわかったのだった。