もしも、もしも素直に答えたとして、そしたらコウはどんな反応を見せる?
今まで通り、誘いをOKしてご飯を一緒に食べてくれたり、名前を呼んで親しげに話しかけたりしてくれる?
「言わねェとお前の体が階段から落ちるだけ」
「……。」
だってまた、同じことを繰り返すかもしれない。
殴られても嬉しいと感じてる理由を話したとして、コウが今まで通りでいてくれる保証なんてどこにもないじゃんか。
コウのことを、まだ深くは知らない。
ただ受け入れてくれるかもしれないって可能性を見い出せただけで、まだ何もわかってないんだ。
そりゃあ少しくらいならわかるよ?
暴力を振るったりするし口調は冷たいけど、コウは良い奴だ。
すっごくわかりにくいけど、どこかで優しいとこが見え隠れしてる。
じゃないと、こうやって誘う度にご飯一緒に食べてくれないもんね。
コウに話すべきなのか。それとも話すべきじゃないのか。
首の圧迫に苦しみながら、色んな葛藤を頭の中で繰り広げる。
自分の中から、結論が出てこない。
そんな中、私の顔をじっと凝視したまま黙っていたコウが、突然大きく目を見開いた。
「……!」
首を絞めていた手をいきなり離されて勢い良く顎を掴まれる。
一際至近距離まで顔を近づけられて思わず息を飲んだ。
「な、なに?どう、した…の?」
「……なるほどね」
低く呟かれた声。さっきとは打って変わって冷静で真剣な表情。
そのコウの仕草全てが心拍を速まらせる。
まさかもう、気付かれた…?
なんで、なんでわかった…?
「お前……」
どうして、わかっちゃうんだよ。
「お前、男だろ」
意地の悪い笑顔で一言だけ放たれる。
どうしてコウが確信を得たのかはわからなかった。
でももう、今になってはどうでもいい。
そこまで見抜かれていたら、言い訳をする気も誤魔化しをする気も起きなかった。
「……体は女だけどね」
久しぶりに出す低い方の声で、素直に返事をする。
低いと言っても女の体で出す声なんて、ただのボーイッシュな女の声。
また、言われるに決まってる。
今まで生きてきた環境と同じように、接してきた人達と同じように、コウも言うに決まってるんだ。
『浜口さんって気持ち悪いね』
『自分のこと男だってずっと言ってるらしいよ』
『何それキモ過ぎ。普通じゃないね』
普通じゃないことが、こんなに人に嫌われることだとは思わなかった。
心が男で体は女で、中と外が違うだけで、ずーっと後ろ指を差され続けてきた。
普通じゃない。お前は普通じゃないって…
本当の自分を出してしまえば、決まったように人から忌み嫌われる。
だから転校して新しい環境になったここでは、仕草も言葉遣いも声も持ち物だって、女でいるように頑張ってきた。
「なあ、気持ち悪い?」
「は…?」
「気持ち悪いかって聞いてんだよ。女の容姿で男だって言ってる俺が」
体は女だってことを伝えてから何も言わないコウに自分から言葉を発する。
もう今までの演じてた女の浜口美咲じゃない。男の浜口美咲で話しかけた。
けど返ってきた言葉は一切俺の質問なんて聞いちゃいない。
「質問してんのは俺の方」
「ッ…!ぐ、う…」
「何を楽しんでんのかって聞いたこと、もう忘れてんのか?」
また片手で首を絞められた上に今度は足まで宙に浮く。
この状態で答えろって方がどうかしてる…
でもやっぱ、コウの攻撃は俺にとってはすごく嬉しい行為だった。
「クッ…はは!」
「結局笑うのかよこいつ…」
女の自分に、こんなことをする奴なんて1人もいなかった。
誰一人、俺に対して男の扱いをする奴なんていなかった。
「嬉しいんだよ!俺に対して容赦なく殴ってくるお前が!まるで自分が男になったような気分になる!」
「……。」
「コウには深い意味が無かったんだろうけどな。俺には違うんだよ」
お前の暴力は、俺にとっては対等の男だって感じられる唯一の瞬間だった。
唯一、俺を女として扱わなかったのがコウだ。
そりゃあさ、夢だって見たくもなるだろ?
こいつなら、俺を男として見てくれるかもしれないって。
もしかしたら、本心が出せる友達になれるかもしれないって…
そこまで言い終えた俺の首から、掴んでいたはずのコウの手が離れていく。
その拍子にドサッと膝から崩れ落ちて、階段に体を打ちつけた。
し、下まで落ちなかっただけセーフ…と思っていた矢先だ。
「じゃあお望み通りに」
「え…?ぎゃあああ!」
肩を蹴られてバランスを崩し、階段の下へと滑り落ちた。
ダダダダッと音を立てながら落ちた俺の体が鈍い痛みに襲われる。
クソッ!と声を上げて見上げてみれば、階段の真ん中辺りで座りながらこっちを見下してるコウがいた。
膝に肘をついて、手に顔を乗せて、まるで苦しんでる様を傍観してるみたいに…
「楽しんでた理由はわかった。それで?今まで女のふりしてた理由は?」
「蹴り落としてから言うセリフかよそれ!言っとくけどMなわけじゃねェからな!」
「男扱いされんのが嬉しいんだろ?後で相撲でもしてやるからさっさと答えろ」
「……。」
ヤバい、今絶対にニヤついてる俺。相撲とかしたことねェし超楽しそう。
そう思って、いつもの笑い声が出てくる前に手で口を抑えて深呼吸する。
やっぱりコウは受け入れてくれる。最初に感じた俺の直感は間違ってなかったんだ。
今度は真っ直ぐに、コウの目を見て返事をする。
ここに転校してくるまでは心が男だと隠さずに生活していたこと。
そのお陰で小さい頃から気味悪がられていたこと。
前の高校では、それが原因でイジメられたこと。
もう同じことを繰り返さないように、女を演じて学校生活を送ろうとしていたんだと全部話した。
だから、今度は俺が気になっていたことを聞く。
「なんで…コウはわかった?」
「あ…?」
「俺が心は男だって、なんでわかったんだよ」
「……勘」
「今説明すんの面倒臭くて2文字で答えたろ」
コウが立ち上がって落ちていた俺の手下げを拾い上げる。
そのまま屋上へ行こうとする後ろ姿を急いで追いかけて、もう一回しつこく問い質した。
「おい!教えるまでパン食うなよ俺が買ったんだからな!」
「……顔」
「また2文字で答えてる!」
「うるせェ…。顔が、一瞬男に見えた」
「え…?」
俺の、顔が…?
顔なんて、女以外の何ものでもない。
それのどこが男だって思ったんだよ。
「顔なわけねェだろ。容姿は…女なのに」
「隠しきれてなかったんだろ。お前の中のモンが」
「そ、そんなことで中身が男だってわかるわけねェよ」
「体がどっちとかまではわかんねェ…だから勘だって言ってんだろ黙って食ってろ」
そう言いながらパンを俺の顔面に向かって投げつけてくる。
誰が買ったパンだと思ってんだよ…あはは。
男だと感じ取ってくれたことが嬉しくて、男の自分を受け入れてくれたことが嬉し過ぎて、笑ってる心とは対照的に目からポツポツと雨が降り出した。
転校してきた初日が、最高に嬉しい一日だった。
けれど一ヶ月目の今日は、もっともっと嬉しい一日になった。
だらしなく座って壁に背を預けてるコウを見て、胸が熱くなる。
「コウ!俺達、友達だよな?!」
「は…?」
「俺…!今日から男でいても良いんだ!あはは!」
「…条件付きでな」
「え…?」
「俺以外の前では女でいろ」
焼きそばパンを食いながら言われた言葉にぽかーんと口を開ける。
何でだよって俺から聞き返す前に、コウの方からまた話を切り出された。
「その方が俺の都合で楽しいから」
今日一番の意地悪い笑顔で呟いたコウの真意は、翌日になるまでわからなかった。