ラトが滅茶苦茶にナイフを振り回す。動きは完全なる素人、斬るというよりもナイフで殴るといった感じだ。だが、問題はない。ここはゲームの中だ。攻撃を当て続ければ
「ひゃはははははぁ! そらそらそらそら!」
「…………!」
絶え間なく繰り出される刃を必死に後退し続けて躱す。目と鼻の先を刃が何度も抜ける。
怖い。怖い怖い。怖い怖い怖い怖い。――怖い!
人に刃を向けられるなんて生まれて初めての経験だ。いや、それよりも他人から向けられる害意がこれ程までに恐怖を感じるとは思わなかった。
なんてついてない。ログイン初日で、しかも
「BOOOOO――!」
「クソが!」
すぐそこではマイが筋肉男に追われていた。動きが滅茶苦茶なのは
「くっ……!」
私は負けじと矢を射って反撃するが、当たらない。相手に敏捷値に加えて、そもそも矢が狙い通りに飛ばない。矢を番えている間にラトには逃げられてしまう。
「どこ撃ってんだ、ノーコンが!」
次の矢を取り出している間にラトの突きが走る。刃は私の左額を掠め、血が飛び散る。額から流れた血が左目に入りそうになる。……こういう描写まではオーケーなのか、全年齢フィルター。
「すのこ!」
「B――!」
私の出血に気を取られたマイに筋肉男は容赦なく槍を振り下ろす。マイは咄嗟に身を翻して躱すが、僅かに間に合わない。鮮血が右肩から腰へと一直線に迸る。灰色にはなっていないので欠損までは行っていないようだが、大ダメージだ。
「ははは、始めたばっかりだから体力も少ねえだろう。すぐに削り取ってやるよ!」
「マイ!」
「…………」
「……マイ?」
マイの様子が変だ。俯いて沈黙したまま動かない。傷が痛むのだろうか。このゲームは五感の再現が成されているとはいえ、安全の為に痛覚は減少されている筈だが。
「BMOOO――!」
動かないマイに筋肉男が再度槍を振り下ろす。渾身の力を込めた一撃だ。間合いを測り損ねて穂先ではなく柄がマイの左肩に当たったが、命中はした。会心の手応えに筋肉男がニヤリと笑う。
しかし直後、筋肉男の顔が歪んだ。マイが槍の柄を左手で掴んだからだ。
「……逃げるのはやめだ」