「セシリアさんは何色のカーネーションがお好きですか?」
「ピンクでしょうか。でも好きな女性にお渡しするならオレンジがいいです。花言葉にも『熱愛』や『純粋な愛』という意味があります」
熱愛と純粋な愛、という花言葉に恋人関係になった自分とセシリアの姿を重ねてしまい、クシャースラは一人で真っ赤になって慌ててしまう。
クシャースラがわざとらしく咳ばらいをして勝手な妄想を打ち消している間も、セシリアの説明は続いていた。
「本数にも意味があるので、もしこれからプロポーズされるのなら、カーネーションの本数は一二本にした方がいいです。十二本には『恋人になってください』という意味があります。既に恋人がいらして、もしその方に贈られるのなら……」
「じゅ、十二本! カーネーションは十二本で大丈夫ですっ!」
勢い余ってこれからプロポーズをすると暗に言ってしまったものの、セシリアは何ともないように「そうですか」と言って微笑んでくれる。
セシリアの好きなピンクと好きな人に渡すのにお勧めというオレンジのどちらのカーネーションにするか散々迷った末に、クシャースラはピンクとオレンジのカーネーションを六本ずつ使った花束をセシリアに頼んだのだった。
花束を作るセシリアに、リボンやラッピングに使用する不織布の色を聞かれる。
その都度、クシャースラはセシリアに何色が好きか尋ねていく。
そうして赤色の不織布で花を巻き、ピンク色のリボンで結んでもらうと、セシリア好みの二色のカーネーションの花束が完成する。
クシャースラは決して高くはない代金を支払うと、花束を受け取ったのだった。
「あの……」
花束を受け取ったクシャースラは、覚悟を決めてセシリアに話しかける。
「はい?」
「この後、お時間を頂けませんか? セシリアさんにお話ししたいことがあるんです」
「この後ですか? ですが私はこの後、牛乳屋の仕事を手伝わないといけませんし……」
セシリアの両親に聞いたが、最近、セシリアは夕方に花屋の仕事を終えると、父親が働く新聞の印刷工場の得意先である牛乳屋の仕事を始めたらしい。
それが終わると、家に戻ってきて、今度は日付が変わるまで内職をするそうだ。
このままでは、益々、セシリアは身体を壊すだろう。早くなんとかしなければならない。
「お時間は取らせません。少しだけ、おれと話す時間を下さい!」
「でも……」
すると、そんな二人を焦ったく思ったのか、店主の女性が「セシリア、休憩に入っていいよ」と声を掛けてくれる。
「まだ休憩には早い時間ですが……」
「いいから、いいから。お店も空いている事だし、休憩しておいで」
セシリアはしばし迷った後に、クシャースラに頷いたのだった。
「あまりお店からは離れられませんが、それでもいいですか?」
「ありがとうございます。では、お店の裏側でお話ししませんか」
セシリアが頷くと、二人はお店の裏側にある勝手口前までやって来たのだった。
「あの、セシリアさん……。その……」
セシリアと二人きりになるのはこれが初めてであった。
いつかは二人きりになってみたいと思っていたものの、いざ二人きりになってみると緊張から何を話せばいいの分からなかった。
「はい?」
小さく首を傾げながらクシャースラを見つめてくるセシリアを直視出来ず、その視線から逃れるように足元の苔むした地面を見つめる。
何か発しようにも口の中が乾いて上手く言葉にならず、セシリアもクシャースラを待つように沈黙していた。
二人揃ってそのまま黙っていると、存在感を表すようにクシャースラが抱えていた花束がわずかに音を立てたのだった。
(こういう時、アイツならどうする?)
セシリアに作ってもらった花束を見ながら考える。
こんな時、親友なら言葉と身体のどちらで気持ちを表すのだろう。
甘い言葉と共に抱き締めるのか、童話に登場するどこかの王子のように地面に片膝をつけて手の甲に口付けを落とすのか。
それとも壁に押し付けて強引に唇を奪ってしまうのかーー。
(いや、さすがに身体はまずいか)
急に身体に触れたことで、怖がらせて嫌われたら意味がない。
そうなると言葉で表すしかないが、ただ、何と言えばいいのかーー。
こういったことが不得手のクシャースラはすぐに思いつかなかった。
「あの、オウェングス様?」
待ちきれなくなったのか、熟考していたクシャースラを訝しむようにセシリアが不安そうに見つめてくる。
クシャースラは覚悟を決めると、肩を後ろに引いて背筋を伸ばしたのだった。
「セシリアさん!」
急に大声で呼びかけたからか、セシリアが身体を強張らせる。クシャースラ自身も思っていた以上に声量の高い上ずった声が自分の口から出て来たので驚いてしまう。
気持ちを落ち着けるように息を吸って一拍置くと、セシリアに近づいて花束を差し出したのだった。
「これをどうぞ」
「これは……今買った花束ですよね?」
「貴女の為に選びました……受け取って下さい!」
セシリアは花束を受け取ると、「ありがとうございます」と礼を述べる。
「花束を作ることは多々ありますが、プレゼントされたことはないのでとても嬉しいです。それで私の好きな花や色を聞いたんですね」
花束を作っている時も気づいたが袖口から見えるセシリアの手は、以前に比べてあかぎれや細かい切り傷が増えていた。
おそらく働き詰めで手入れをする時間が無いか、または手入れをしても追いつかないかのどちらかだろう。
家族を大切に想うあまり自分のことが疎かになっている。そんな健気なセシリアを思うと胸が痛くなる。
そうして、心の底から花束を嬉しげに見つめているセシリアに向かって、クシャースラは頭を深く下げたのだった。
「セシリアさん!」
「はい?」
「おれは初めて出会った時から、ずっとセシリアさんのことが好きですっ!」
そうして、右手を差し出したのだった。
「結婚を前提におれと付き合って下さいっ!」