オルキデアは父への負担を減らす為に、クシャースラは両親との約束の為にも、士官学校の学費を返還してもらう必要があった。
その為にも、二人は軍で功績を上げねばならなかった。
功績を上げ続けると、自ずと昇進することになる。
いずれは将官になることを考えると、シュタルクヘルト語とハルモニア語の習得は、決して避けては通れない道であった。
将官への昇進に備えて、二人は必死に語学を勉強したのだった。
「語学を習得出来たのは、アリーシャの努力の賜物だ。それは誇っていい」
「あ、ありがとうございます……」
頬を染めるアリーシャに「だからこそ」と、オルキデアは目を細める。
「学校に通っていなかったとは思っていなかった。こっちも聞かなかったのが悪いとは思うが」
そもそもシュタルクヘルトの教育水準の高さを知っていたからこそ、アリーシャも当たり前の様に学校に通っている者だと思っていたのだ。
オルキデアの言葉にアリーシャは眦を下げる。
「黙っていてすみません。言い出す機会を逃してしまって……」
アリーシャは膝の上で手を握り締めると、「それに」と話し出す。
「呆れさせたく無かったんです。ようやく、居場所が出来たのに……。一時的とはいえ、安心できる場所が出来たんです。それを失いたく無かったんです」
シュタルクヘルト家に引き取られたアリーシャが、どんな扱いをされてきたのか、オルキデアはアリーシャの話から想像するしかない。
ただ、あまり良い扱いはされなかったのだろう。
記憶を失っている間も、薬を盛られ、争いの火種なるからと、国境沿いの基地から王都までやって来ることになった。
安心出来る場所が、ずっと欲しかったに違いない。
(それなら、少しくらいーー)
オルキデアの前で寛いでも、多目に見たくもなる。
ずっと張り詰めていたら、心が限界を迎えてしまう。限界を迎えてしまえば、心が壊れてしまう。
壊れた心が治る保障はーーどこにも無い。
「すまなかった。君の気持ちも知らないで」
「いえ、そんなことは!」
「これからはもっと頼って欲しい。一時的な契約結婚とはいえ、今は夫なんだ。もっと自分の気持ちを話して欲しい」
アリーシャについて、オルキデアはまだまだ何も知らない。
一時的とはいえ、これから夫婦として暮らしていく以上、相手についてもっと知るべきだろう。
「俺では頼りないかもしれないが、出来る限り力になろう。だからもう少し、君も俺を頼ってくれないか」
オルキデアの言葉に、アリーシャは首を大きく振る。
「そんなことはありません! オルキデア様のことは、ずっと頼りにしています! でも、あまり我が儘を言うのも、どうかと思っていただけで……」
「何度も言っているが、遠慮することは無い。君はもっと我が儘を言うべきだ」
「でも!」
オルキデアは目元を細める。
「ここに居る時くらいは、もっと自分の意見を言っていい。それくらい受け止めるさ」
母のティシュトリアを見てきたからか、近寄ってくる女を見てきたからか、女とはもっと我が儘だと思っていた。
けれども、アリーシャは控え目で、契約とはいえ結婚しても、自分の意見を滅多に言わなかった。
シュタルクヘルトの女は誰もがこうなのか、それともアリーシャだけがこうなのだろうか。