「そうなんですか?」
「ああ。白色の軍服を見た時に気づいた。……何年か前に、人質としたシュタルクヘルトの要人が着ていたからな」
オルキデアがまだ大佐だった頃、ハルモニアに滞在していたシュタルクヘルトの要人を誘拐して人質にするように、軍に命じられたことがあった。
その要人は、シュタルクヘルトとハルモニアに近い基地に慰問に行った後、数日間、ハルモニアに滞在していた。
ハルモニアからシュタルクヘルトに帰国する日を調べると、ハルモニアの空港までの道中で誘拐、人質にしたのだった。
その際に身につけていたのが、他の兵とは違う仕立ての良い生地で作られた白色の軍服であった。
軍は要人と引き換えに、シュタルクヘルト軍が捕虜としているペルフェクト軍の捕虜の解放を要望した。それも、数百人も。
シュタルクヘルトはその要望を受け入れ、証人としてハルモニアの政治家や軍の立ち会いの元、署名を交わした。
一人の人質と数百人の捕虜を交換したのだった。
「人質にされた要人……? もしかして、二番目の兄でしょうか?」
「アリーシャの兄弟だったのか」
「そうですね……。もう、いませんが」
人質となった要人は、その後、志願兵として戦場に行き、戦死したと風の噂で聞いていた。
その時は何とも感じなかったが、まさか、アリーシャの肉親とは思わなかった。
「憎いか? 兄を誘拐して、戦場で殺した敵軍の一人である俺が」
「いいえ。全然」
はっきりとした口調でアリーシャが断言したので、逆にオルキデアが面食らってしまう。
「亡くなったのは悲しいと思いますが、兄は自ら戦場に行って死んだんです。誘拐とも、オルキデア様とも、何も関係は無いです。でももしかしたら、多少は誘拐されたことを気にしたかもしれませんが……」
アリーシャの話から推測するしかないが、もしかしたらアリーシャの兄が戦場に行った理由の一つに、誘拐事件があったのではないだろうか。
彼女の話によると、シュタルクヘルト家は体裁を気にする厳格な家らしい。
誘拐されたことがきっかけで家の中に居場所が無くなり、戦場に行ったのではないかと推察された。
「とにかく、近日中に、君をここから解放する。行きたい場所があるなら、その時までに考えておいてくれ」
「オルキデア様」
アリーシャの言葉に、オルキデアは顔を上げる。
「私は嬉しかったんです。記憶もなく、頼る当てもなくて……。ただ一人、孤独だった私をオルキデア様が優しくしてくれたことが」
今にも泣き出しそうな顔で、「これだけは忘れないで下さい」とアリーシャは微笑む。
そうして軽く頭を下げると、仮眠室へと消えたのだった。
仮眠室のドアが閉まるとオルキデアは力なくソファーに座って、無機質な天井を見つめる。
(何なんだ。この感情は)
言い知れない感情が、オルキデアの胸中で渦巻く。上手く言葉に出来ないまま、感情の渦が落ち着くまで、ただじっと天井を見続けることしか出来なかったのだった。
アリーシャが自分に懐いたのも、ただ単に犬猫が親切にした人間に懐くのと同じ原理だと思っていた。ーーこの時は。
自分が抱えていた感情が、アリーシャへの愛情だと気づくのに、そう時間は掛からなかった。
そのきっかけとなる日は、突然、やって来たのだった。