「オルキデアの奴、なんでも抱え込み過ぎなんです。誰もアイツが悪いなんて言っていないのに」
クシャースラは対面に座る親友の妻ーー親友曰く一時的らしいが、にそっと微笑む。
「自分を責めて、責め続けて。いざという時は誰も巻き込まないように、自分だけ犠牲になろうとする。その為に他人との間に距離を置いて、壁を作って」
いざという時は自分だけ犠牲になれるように、誰にも迷惑かけないように、オルキデアは常に一人でいる。まるで死期を悟って飼い主の前から消えてしまう猫の様だとクシャースラは思う。
だが、オルキデアは死期を悟った猫ではない。未来ある一人の人間だ。
自己犠牲をする必要はないし、誰かに迷惑をかけたっていい。
人は一人では生きていけない以上、誰かを頼り、時には縋り付いてしまうものだ。
誰かを当てにしてしまうのは、恥でも無ければ甘えでも無い。
ただ頼り方や縋り方、甘え方を気をつけなければならないが……。
どんなに他人と距離を置き、壁を作ろうとしても限界がある。結局いざという時、人は意識的にしろ無意識的にしろ、誰かを頼ってしまうものだからーー。
それをオルキデアには知って欲しい。
「アイツ、本当は寂しがり屋なんです。父親を早くに亡くして、母親とは疎遠で」
実はクシャースラも士官学校を卒業した時の飲みの帰りに、オルキデアの母親であるティシュトリアと会っているらしいが、すっかり酔っていたクシャースラは覚えていなかった。
「おれとセシリアではアイツが抱えている寂しさを、本当の意味では理解してあげられません。でも、アリーシャ嬢ならきっと理解してあげられます」
「私が、オルキデア様を……?」
「……貴女の事情はおれも知っています。偽の経歴書を作成する際に調べたので」
アリーシャーーアリサ・リリーベル・シュタルクヘルトが、シュタルクヘルト家でどんな扱いを受けていたのか、クシャースラは軍部に所属する諜報部隊に頼んで調べてもらった。
アリーシャがどこで生まれて、どこで育って、慰問に来るまでどうしていたのかもーー。
「事情はどうあれ、貴女は一度国に帰って、無事を知らせるべきだと思います。それから、この国に戻ってくればいい……。そう言いつつも、おれはずっと片時も離れずに親友の傍に居て欲しいとさえ思っています」
「オルキデア様の傍に、でも……」
「貴女とオルキデアはよく似ています。境遇も、抱えている想いも。
おれやセシリアでは理解してあげられなかったアイツの気持ちも、貴女ならきっと理解してあげられる。……おれたちでは壁を作られてしまうので」
父親を早くに亡くして、母親に愛されなかったオルキデアと、母親を早くに亡くして、父親に愛されなかったアリサことアリーシャ。
二人はよく似ている。
だからこそ、アリーシャならオルキデアが抱えているモノを理解してあげられるかもしれない。
「私に出来るでしょうか……?」
「出来ますよ。貴女はオルキデアから笑顔を引き出せた。おれでさえなかなか出来なかったことを貴女は出来たのですから」
クシャースラがオルキデアと付き合って十年近くになる。
それでも未だに、オルキデアの笑顔を引き出すことはなかなか出来ない。
「アリーシャ嬢。どうか今回の件が解決してもアイツの傍に居てやって下さい。
いつ消えてもおかしくないアイツには、アイツを引き止めるだけの理由と、引き止められる人が必要なんです。……貴女がその両方になって下さい」
「クシャースラ様」
困り顔のアリーシャに、ようやく気づいたクシャースラは「すみません」と謝る。
「話し過ぎてしまいました。そろそろ、おれたちも出発しましょう。貴女は妻の振りをしておれから離れないで下さい」
アリーシャに帽子を被るように促すと、クシャースラは立ち上がる。
そうして、オルキデアの執務室から出た二人だったが、廊下を少し歩いたところで「あの!」と、後ろからアリーシャに声を掛けられたのだった。