「立てるか?」
手を貸そうとするクシャースラに「いい」と答えると、オルキデアはゆっくりと立ち上がる。
「どうしてアイツらの呼び出しに応じた。無視すれば良かっただろう?」
「無視したところで、しつこく絡まれるだけだ。それならさっさと済ませた方がいい」
「けど……」
「ただ殴られただけじゃない。こっちからも何発か殴り返したからな。これでもう来ないだろう」
ふらふらした足取りでゆっくりと歩き出すオルキデアの腕を取ると、クシャースラは自分の肩に回す。
「離せ」
「離さない」
端的に告げたオルキデアにクシャースラも短く返す。
離せと言いつつも振り解かないということは、やはり自力で歩くのは辛いのだろうか。
反対の手でオルキデアの腰を支えた時、オルキデアが息を吐いた音が聞こえてきた。
「それより早くここから去った方がいいんじゃないか? お前が来たってことは、他の奴らも気付いているだろう。そいつらが人を呼んだのなら、もうすぐ誰か来るぞ」
一緒に怒られる前に行けと、遠回しながらも気遣ってくれるぶっきらぼうな少年をクシャースラはますます気に入った。
「その時は一緒に怒られるさ。おれもアイツらの企みを聞いていたのに、止められなかったからな」
あの時、クシャースラが怒ってでも止めていれば、同期生たちはオルキデアを殴らなかったのだろうか。
授業の後に同期生たちが話していた内容を教えると、オルキデアは鼻で笑う。
「いいのか。優等生のオウェングスがこんなことで罰を受けて」
「おれを知っているのか?」
「入学式で総代を務めていただろう」
どうやらクシャースラがオルキデアを知っていたように、オルキデアもクシャースラを知っていたらしい。
お互いに相手を意識していたと知って、クシャースラは口元を緩める。
「別にいいさ。またどこかで挽回すればいい」
「……好きにしろ」
それからオルキデアの言っていた通り、他の同期生から話しを聞いて駆けつけたと思しき教官たちによって二人は散々叱られた。
オルキデアに喧嘩を売った同期生たち共々、二人は罰として一週間の居残りと倉庫掃除を命じられたのだった。
思い返せば、この罰もオルキデアとの距離を縮めるきっかけとなったように思う。
これが契機となって、クシャースラはオルキデアと行動を共にする機会が増えていった。
オルキデアに喧嘩を売った同期生たちは、仕返しされたからか、教官に絞られたからか、あれ以来、他の貴族出身者にも手を出してこなくなった。
報復があるかと思ったが、士官学校を卒業しても何もしてこなかった。
それも懸念してオルキデアの側に居たクシャースラだったが、最初の頃は「鬱陶しい」と追い払われていた。
けれども半年経つ頃には、ふらりと居なくなろうとするオルキデアに近づいても放っておかれるようになったのだった。
(側に居ても良いってことなんだな)
それを良いことに、クシャースラはオルキデアについて行くようになったのだった。
オルキデアは何でも出来る分、放っておくと、いつの間にかその場から居なくなっていることが多々あった。
それを見つけるのは、いつもクシャースラの役目であった。
この頃のオルキデアは、今以上にどこか消え入りそうな儚いところがあった。
クシャースラがいつも探していたのも、放っておいたら、泡の様に消えてしまいそうな気がしたからだと思う。
何故そう思ったのか。クシャースラ自身もずっと疑問に思っていた。
その疑問に対する答えが判明したのは、士官学校を卒業して、三年が経った頃だった。
二十三歳になったこの年の春。
クシャースラはオルキデアの幼馴染みであり、かねてよりお付き合いをしていたセシリア・コーンウォールと結婚することになったのだった。