「い、今のって……!?」
オルキデアから距離を置きながら、アリーシャは口づけられた額を手で押さえる。
「一時的とはいえ夫婦になったんだ。怪しまれない為に、こういったことをやる必要もあるだろう」
契約結婚であることは、この場にいる者たち以外にはバレないようにしなければならない。
夫婦らしく見せる為には、これくらいは必要だろう。
「場合によっては、今後これ以上のこともやるかもしれん。……今の内に慣れておけ」
「そ、そんなこと、言われても……」
耳まで真っ赤になったアリーシャは、目を潤ませて泣きそうな顔になる。
(初めて見るな。アリーシャのこの顔は)
クスリと笑うと、今度こそオルキデアは背を向ける。
「待たせたな。そろそろ行くぞ」
そうしてオルキデアはセシリアを伴って、執務室を出たのだった。
執務室から出るなり、セシリアはクスクスと笑い出す。
「セシリア」
「だって、オーキッド様があんなことをするなんて思いませんでした。アリーシャさんのことが気に入っているんですね」
笑い続けながら「我慢するのが大変でした」と話すセシリアに、オルキデアは溜め息を吐く。
「全く……。クシャースラだけじゃなくて、セシリアまでそう言うんだな」
「あら。既にクシャ様が言っていましたか?」
「少し前にな」
特に何かをしているつもりはないが、二人は自分のどこを見て、アリーシャを気に入っていると思うのだろうか。
ーーまあ傍に置いていて、居心地が悪くないのは本当だが。
「そうだ。アリーシャはどうだった。話してみて」
クシャースラがセシリアの友達にと、アリーシャと会わせたがっていたのを思い出す。
セシリアは「そうですね……」と、考えながら話す。
「あまりいないタイプだと思います。
「さあな」
アリーシャはシュタルクヘルトでも変わった育ち方をしている。
それがあって今の謙虚で大人しい性格になったのか、それともシュタルクヘルト人とは皆アリーシャの様な性格を持った国民なのか。
オルキデアも
「でも、アリーシャさんはオーキッド様とどこか似ています。一時的じゃなくて、正式に結婚されればいいのに……。おふたりはお似合いだと思いますよ」
「俺と? 一体どこが」
アリーシャには自分よりもっと相応しい男がいるはずだ。
アリーシャは自分にはもったいない器量の良い娘だ。彼女の優しさはもっと別の男に向けられるべきである。
オルキデアの様な、仕事以外何も取り柄のない人間がアリーシャに似合うはずがない。
セシリアの言葉に、オルキデアは首を振る。
「俺とアリーシャは歳も離れているが」
「歳なんて関係ありません。それを言ったら、私とクシャ様も離れています」
セシリアは二十三歳、クシャースラは二十七歳。
二十二歳のアリーシャと二十七歳のオルキデアほど、歳は離れていないように思う。
「それでも」と、セシリアは目を伏せる。
「オーキッド様も、アリーシャさんも、なんだか根底は似ているように思います。優しいけれども、その優しさの裏には冷たい何かがあって。けれどもそれを誰にも見られないように、優しさで隠しています」
「冷たい何かか……」
セシリアはアリーシャにも棘の様な冷たくて、鋭いものを秘めていると言いたいのだろう。
オルキデアと同じで、決して消えることのない何かが。
「でも同じものを持っているアリーシャさんなら、オーキッド様を理解出来るでしょうし、そのオーキッド様もきっとアリーシャさんを理解してあげられると思います。心を開かせることもきっと……。私とクシャ様は経験してないので、全てを理解してあげられません。理解したとしても、相手には同情と思われてしまいます」
「俺とアリーシャが似ているか……」
考えたことも無かった。
自分とアリーシャは、そもそも住んでいる国や場所が違うのだと思っていた。
生まれや育ちは別としてシュタルクヘルトの元王族の血を引くアリーシャと、ペルフェクトの没落した名ばかりの貴族であるオルキデア。
戦争真っ只中の対立している国の人間であり、本来なら契約結婚どころか、出会うことさえ無かった。
それが何の運命なのか、二人は出会った。
アリーシャの食事に薬が盛られた事件やティシュトリアが持って来た縁談など、たまたま二人が関係する出来事が重なったというのもある。
それでもこんなにも長く一人の人間を、それも異性を傍に置いたのは始めてのことだった。居心地が良い以外にも、アリーシャには目を離せない何かがあった。
それがセシリアの話す、オルキデアも持っている「冷たい何か」なのだろうか。