ソファーに向かい合い、すっかり冷めてしまったお茶を前にしても、二人は黙ったまま、ただ時間だけが過ぎていった。
あの後、部下に預けたままだったお茶とトレーを受け取り、飲みながら話すことにしたが、どちらも全く食は進んでいなかった。ーーあんなことがあったのだから、当たり前ではあるが。
このままでは埒が明かないと判断したオルキデアは大きく息を吐き出すと、ソファーに寄りかかったのだった。
「アリーシャ。とまだ呼ぶべきかな。それとも……」
「アリーシャでお願いします」
打てば響くように、アリーシャは答える。
「オルキデア様につけて頂いた『アリーシャ』が気に入っているんです。だから、『アリーシャ』と呼んで下さい」
オルキデアは瞬きを繰り返す。まさか、適当に挙げて、本人が反応を示したから名づけただけの仮の名前を気に入っているとは思わなかった。
「……わかった。それでは、アリーシャ。そろそろ話してくれないか。君自身について。……今後の君の扱いを決める為にも」
アリーシャはこくりと頷くと、話し出したのだった。
「私の名前は、アリサ・リリーベル・シュタルクヘルト。
シュタルクヘルト共和国の元王族の血を継ぐ直系の一族ーーシュタルクヘルト家の九番目の子供です」
開け放たれたままになっていた執務室の窓のカーテンが風で捲れる。
捲れた窓から夕陽が射し込んで、アリーシャの藤色の髪を照らしたのだった。
「ですが、私は母が死んだ十歳まで、自分がシュタルクヘルト家の人間だと知りませんでした。……それまでは娼婦街で、娼婦の娘として住んでいたので」
「娼婦の……娘?」
「私の母は娼婦なんです。娼婦として客引きをしていた時に、父の使用人に買われて、そのまま父の愛人となりました。私が産まれた後は、私を連れて娼婦街に戻り、死ぬまで娼婦として働いていました」
そこまで話すと、アリーシャは大きく息を吐き出す。
「……そういった経緯もあって、私は未だに父や兄弟姉妹たちから一族の人間と認められていません……存在さえも」
そうして、アリーシャは語り出したのだった。