「先程までアルフェラッツさんがいましたが、部下の方に呼ばれて出て行きました。代わりに、アルフェラッツさんの部下の方が来てくださって、今は隣の仮眠室を整えてくださっています」
苦笑しながら「休むどころか、座る場所がなかったので……」とアリーシャに言われて、オルキデアは言葉に詰まる。
こんなことなら、出発前に執務室を片付けておけば良かった。後悔してももう遅いが。
「そうか……」
「それよりも、どうして私はオルキデア様の執務室に連れて来られたのでしょうか? 捕虜として、牢に連れて行かれると思っていたのですが……」
「それは……」
オルキデアはどう説明しようか悩んだ。
未だ記憶を思い出していないアリーシャだが、アリーシャがただのシュタルクヘルト人で無いことは分かっている。
王都から離れている地方の国境沿いの基地には、アリーシャを知っている者はいなかった。
だが、
地方よりも最新の情報が手に入りやすい分、アリーシャの正体に気づく者がいる可能性が高い。
そうなれば、アリーシャを利用する者も出てくるだろう。
それは、オルキデアの本意では無い。
その為に、アリーシャをここに連れて来た訳ではないのだから。
アリーシャが基地内での争いの火種にならないように移送させるだけなら、あえてオルキデアの側に置いておく必要はない。
襲撃時の記憶喪失を理由に、地方の軍事病院に入院させることや、他の基地に移送させることだって出来た。
それをしないで、「一緒に来るか?」と聞いて、手元に置いておきたいのは、アリーシャが利用されるところを見たくないのか、それともアリーシャに気があるのかーー。
オルキデアは首を振ると、アリーシャの疑問に答えた。
「記憶が戻るまで、俺が側に置いておきたいだけだ。片付け要員としてな」
どうも、オルキデアは子供の頃から片付けが苦手だった。
実家の屋敷でも、服や本がクローゼットや本棚から出されたままになっていた。後で片付ければいいと思っている内に、どんどん溜まってしまい、手の施しようが無くなった。
今は滅多に屋敷に戻らないのでそこまで汚くないが、数日滞在した時は屋敷の掃除に来てくれるクシャースラの妻やクシャースラの義母たちを困らせることも多々ある。
士官学校に入ってからは、そこで知り合ったクシャースラが定期的に片付けてくれるようになったが、結婚してからはなかなか片付けに来なくなった。
オルキデアと同時期に昇級して、仕事が忙しくなったというのもあるが、士官学校を出た頃からオルキデアの酒量が一気に増え、空いた酒瓶が増えてしまい、片付けが一日で終わらなくなったのも、来なくなった原因の一つだろう。
昔から寝つきは悪かったが、士官学校を卒業して、軍に配属されてからは、ますます眠れなくなった。
原因は仕事を始めとして幾つか考えられたが、両親ーーとりわけ母親が大きな原因だろうと、オルキデア自身は推測していた。
実家を出ても、屋敷に帰らなくても、血の繋がりがある以上、切りたくても両親との縁が切れないことは分かっている。
両親のことを考えると眠れなくなり、更に昇級して仕事量が増えると、仕事のストレスも加わって、ますます眠れなくなったのだった。