ながいながぁい登城の為の準備?又は公爵令嬢のお着替えという名の苦難の時間の始まり。後編

王妃様の隣に並んでも問題のない猛烈に着飾り重たいドレスと言う事だ。

簡易で着せられていたメイド服を脱がされればドレスを着る時間が始まる。

面白い事に矯正具で固められ肌色のダイビングスーツで覆われた体は、

その立場状「素肌」とされるのだ。

なのでこの上から更にコルセットやロングブラを身に着け、

貞操帯を付けてドレスを形作らなくていけないというルールらしい。

矯正具を使う「反則」を容認する代わりに、

それ位身に付けて重たくなれって事らしいのだ。

なので私は肘上まである刺繡とフリルの大量に縫い付けられた、

靴下を履いて股には淑女の嗜み?貞操帯を身に着け鍵を当然かけられる。

バスンと一風変わった音を立てながら私に用意されている貞操帯は体に張り付き、

国王陛下の定めた相手が出来るまで独身の令嬢が登城する場合は、

その貞操帯の鍵は国が管理する事になるのだ。

まぁ変な血筋を作らないように管理するための物なのだろうが、

身に着けさせられる側としてはたまらない。

私の貞操帯の鍵は当然婚約者様が管理している。

そうやって乙女?ではないがの秘密を作り上げると、

今度はその上からフリルたっぷりのズロースを履いて、

靴下のフリルに隠されたリボンを絡めて一体化すれば、

下半身は素敵なフリルまみれ。

更に上半身は立派な刺繍が施されたロングブラを身に着け、

コルセットを巻くとなんとロングブラとコルセットが、

一体化して一枚の下着の様に見えるのだ。

わぁとっても素敵ね!なんて思わん。

だからどうした的な感じだがそれが「淑女の嗜み」なのだそうだ。

下着も高級品を使う事が正しいとされる令嬢にはそれ相応の物を身に付けろと。

どうせ見えないのにね。

その上から部位ごとに分かれているドレスを組み立てる様に身に着けていくのだ。

クッソ重たいスカートを広げるパニエと言う名の布の塊を腰に固定されて、

その上からふんわりと広がるフリルとドレープに光物が縫い付けられた、

スカートを被せる様に頭から体を通してパニエに乗せるのだ。

身に着けさえられると腰にズシリと響く重さで、

同時に足元がまったく見えなくなる厄介な時間の始まりだった。

動く事を考えられていない逃げる事も出来ない、

着せ替え人形でただ美しくあるだけの、

「令嬢」としての装いをしているなぁとしみじみ思う瞬間だった。

ある意味私としては怖い瞬間でもなる。

矯正具も貞操帯も自身では外せないが、

それでも身を守るために敵から逃げる事が許されるのだ。

けれどこのスカートを取り付けられてしまうと「逃げる事」自体ができない。

裏路地で小道に入って敵から身を隠す事も大きく広がるスカートでは、

目立ちすぎて当然出来ず逃走ルートである小窓から抜け出す事も叶わない。

護衛は付けられるし「守られる側」なのだから当然それで問題はない。

けれど体はまだ「逃げ方」を覚えているのだ。

最後の最後。

命を繋ぐために足掻ける事がどれだけ心強いことなのか…

それを知ってしまっている身としては「令嬢」としての役割が無ければ、

決して身に付けたくない物の数々なのであるが…

私がこの立場から逃げられる可能性は今の所皆無の様である。

ドレスは高貴なお方が着る物になればなるほど「着る」のではなくて、

「作る」と言った方が正しくなってくる。

腰の位置を決定したら太い糸でズレない様に、

スカートは腰にガッチリ食いついたパニエに縫い付けてしまうのだ。

当然整った形を崩さない様にする為であり乱さない様にする為だ。

固定する事によって腰に汚い皴が出来ない為であるらしい。

そうしたら次はバスクを胸へと宛てられて背中側で縫い付けていくのだ。

当然胸の形に合わせて調整されながら縫い合わされる上半身のバスクには、

鬼の様に細かい刺繍が施され美しく腰の括れを演出している。

私がどこの誰なのかを表す認識票として令嬢として認識される為なのだ。

既に婚約者がいる私は肌を晒す必要はない。

その為に大人しめのデザインとなると言う理由の下、

バスクの胸上から首までを隠せる様につくられているのだった。

それは腕を通して背中側で閉じられる形で作られていて、

縫い合わせが終わればピンと張って皴のない状態になるのだが…

普通の令嬢は胸上は開けてデコルデを美しく見せるが、

私の体でそんな美しいデコルデは作れないから当然の処置である。

それから光沢のある刺繍のされたロンググローブに腕を通して、

肩の部分でずれ落ちて来ない様に固定されると、

一応ドレスとしては身に着けた事になる。

後はアクセサリーを身に着け夜会にあった扇子を持てば完璧なのだ。

世の男爵令嬢や伯爵令嬢、侯爵令嬢まではそれで許される。

けれど公爵令嬢となると明確な区別が入るのだ。

公爵令嬢として別途用意されている物があり、

それを身に着けることが義務とされている。

今度はバスクに張り付くサイズで作られた、

公爵令嬢と言う立場を表すダブルの袖付きのベストもどきの衣装。

その2列に並んだボタンには綺麗なチェーンが掛けられて光を乱反射させていた。

短く付けられた袖は10cm程度しかなくけれどその袖には公爵家の「家紋」が、

刺繍されている。

公爵令嬢として周囲に直に気づかせる為の物で、

当然背中にも刺繍が施されている物なのだ。

…つまりこのベストを着て会場にいたら、だれが見ても「北の公爵令嬢」と、

見間違えられることなく認識される物なのだ。

令嬢としての嗜みとしてこれも用意されている。

更にその上に腕の太さに合わせた袖を持つハイネックのボレロの様な物。

肩に無駄に長いスカーフと言うか…帯?の様な物がついているのだ。

これも私の今の立場として用意された物が作られ用意されている。

もちろんボレロもどきとベストもどきと手では意味が違う。

ボレロは胸上から首下までの上半身を綺麗に全て覆い隠し、

矯正具として見える部分を全てドレスの下に押し込んで、

気になる所を見えない様にしてくれる。

けれどこのボレロは私の「経歴」を示す物となっていると同時に、

令嬢としてではなく「公爵夫人」としての証としても使われる物なのだ。

本来なら私はベストを身に着けて置けば事足りるのだけれど、

婚約者様によって用意されているボレロを身に着けていると言う事は、

「婚約者様の公爵夫人」と言う肩書もついて来る。

ボレロは婚約者様の家の者としての「立場」も当然示す物となるのだ。

ボレロの前面に縫い付けられている大きく並んだボタンには。

普通なら公爵令嬢の証である家紋が片方のボタンには彫りこまれ、

令嬢時代はそのボレロはベストと同じ意味を持つだけなのだ。

けれどもう片方のボタンには「未来の嫁ぎ先」の家紋が彫りこまれると、

意味が変わる。

…当然の様に私の大きなボタンは両方とも両家の家紋が彫りこまれている。

令嬢と言う立場なのに両家の家紋は例外的に彫りこみ済み。

本来なら挙式を上げてから彫りこまれるこの「礼儀」さえ、

私の場合は先行して行われていた。

そしてその二つのボタンは両家の両親から渡される銀細工の施された、

短い鎖で繋がれて両家の両親が認めている事を表す物となるのだ…


―このドレスを着ている公爵令嬢は既に嫁ぎ先も決まっている―

―両家両親ともこの関係を公認済みである―

―誰も手を出すな―


そう主張させる為の物となっているのだった。

そしてボレロのパフスリーブは大き目に作られ、当然大きく作ってあるのは、

嫁ぎ先の家の家紋が刺繍されるからである。

その根元には二の腕を彩る銀細工が施されたリングがあるのだが、

それも左右違った両家の母親からの贈り物としてデザインされる物。

これも袖を通したと二の腕の所でバチンと嵌め込まれて、

皴一つない大きなパフスリーブを支える支点となり、

家紋を支えるデザインを施されて頑丈に作られている。

背中だけ長く作られた部分には私の家の家紋ではなくて、

婚約者様の家の家紋が大きく縫い付けられ、

これも本来なら嫁いだ後で縫い付けられるというルールがあるが、

それも縫い付け済み。

大きく重ねて作られた襟の縁取りも光沢のある銀細工で、

飾り付けをさえているのだった。

その襟の下からボレロに前後に垂れ下がる光沢のある幅広のスカーフ状布を、

胸前で左右で交差させてそれぞれの脇の下を通し背中側で結び目を作り、

背中を彩るのだ。

当然その布を結び付ける部分もボレロの背中には用意されている。

くるりと一周胸周りは彩られ重ね着していない腰は相対的に細く見え…

その反面ボレロとベストを身に着けた胸周りは大きく見えて威厳を出していた。

それでも最後にお腹周りの折角くびれている部分には、

格式にあった白いベルトを取りまわす。

当然それには扇子を留めておくためのホルダーと家紋が付けられている物だ。

そうやって全部装具として身に着ける物を身に着けると、

凄まじい重量が体にのしかかってくる…

けれどこれで国が求める「私」の立場を表す「ドレス」を、

身に着けたとみなされるのだ。

体のバランスは変わり全身は痛む。

結婚して本当に公爵夫人として振舞う事になれば、

当然この姿で毎日を過ごさなくてはいけなくなるのだ。

未来を考えると逃げたしたくなるのだが…

いまだ婚約者様を説得する言葉が出て来ない。


「お綺麗ですよ。お嬢様…」

「ここまで我慢して綺麗でなかったら涙を流すだけじゃ済まないわ…」

「よく御辛抱なさっていますよ。褒めて差し上げます」

「あ、ありがとう?」


鏡の中の姿を見ても立派に御令嬢となっているのだから…

これ以上無理はさせないでほしい。

けれど私の苦しみを解っているし、

それ以上にこの登城する為の無謀な準備をやり遂げるメイドと侍女に、

私は感謝するしかない。

私の恥は北の2家の戦局をいくらだって不利に出来るのだから。


やっとの想いで身に着けたドレスを綺麗な状態を維持するために、

コートの様に前留めするドレスカバーに袖を通すのだ。

ふんわりと包み込まれドレスを守るための物であり…

大き目に作られたそれは袖を通すのに苦労しない大きさで出来ていて、

手首や首元胴体などにサイズを絞れる巾着袋の紐のようなリボンが、

各所に取り付けられているのだった。

城につくまでの僅かな間ですら汚れを付けない為の処置であり、

まるでプレゼントにラッピングするみたいな形なのである。

ドレスカバーはそう言う物として作られているから仕方がないのだが、

「私がプレゼントよ!」って言えそうなほどリボンが巻き付けられるのだ。

婚約者様の為にラッピングされる私と考えるとなんだか可笑しな気分である。

いくつものリボンを結ぶ作業もそれなりにかかり大変なのだが、

侍女やメイド達はそのカバーのリボンさえ整えるのだ。

それでやっとドレスの準備は終わりまた休憩に入れるのだが…

当然ドレスの出来に合わせた仕上げが待っている。

髪形のセットである。

基本こればっかりは「量」の問題もあり縛りはないのだけれど、

その左右には学生がトラブルを起こしたために着用が義務付けされた、

髪飾りを左右に取り付けられる様な台座が髪に巻き付けられて、

取り付けられる様になっているのだった。

あとはドレスに合わせた化粧を施され、

王族の面会ギリギリまで化粧の修正をするという時間が始まるのだ。

極限の締め上げで体は物を食べる事を拒み、水を少し飲んだ状態で、

私は首の周りにファーを巻かれると、待合用に作られた、

ドレスを支える椅子に座らせて貰える。

正直座る事も苦しい事ではあるが立ったままではドレスが重すぎて辛く、

まだ座った方がマシなのだ。

あとは婚約者様がお部屋にお迎えに来て下さるのを待つだけなのである。

けれどその待つ時間も数分程度。

椅子に腰かけた私の髪の毛を弄るメイドの手は、

婚約者様が来るまで決して止まらない。

ギリギリまで時間をかけて磨き上げられる侍女とメイドの力作は、

公爵夫人として求められる美を完全にクリアーさせる為に本当にギリギリまで、

調性し続けたいから終わりがないのだ。

なので「お迎えの時間が」タイムリミットとしてやってくる。

キィと扉が開く音がすれば、婚約者様が私を迎えに部屋へと入ってくるのだ。

とはいえドレスカバーの下に着飾った姿は隠してしまっている状態なのだが。

それでも婚約者様は私を褒めるのだ。


「…うん着飾った君は一段と綺麗だよ」

「ありがとうございます」


婚約者様の格好も私とお揃いで…

ただしその着替えは女性の様に厳密に決められた衣装ではないから。

準備の時間は下手すれば1時間かからずに終わってしまう。

その辺りに不公平感を感じつつも時間は無駄に出来ないのだ。

今回もこうやって着せられた「ドレス」はいつも準備の時間を、

ギリギリまで使って侍女とメイド達はあーでもない。こーでもないと粘ったのだ。

ともかく準備は出来た。

後は王城の控室でドレスカバーを脱ぐだけ…

そう思いながらドレスを着せられた目的を果たすべく、

私は婚約者様の伸ばした腕に手を伸ばす。

長い長い行きたくもない登城時間が始まるのである。