霊斬はお茶を入れると、急須と茶碗をふたつのせた盆を用意した。奥の部屋の床に彼女が座ると、その傍らにお茶を置く。
――珍しいこともあるもんだね。
千砂は内心で思いながらも、本心とは別のことを口にした。
「よかったら、これどうぞ」
千砂は手に持っていた、小さな包みを開く。
中には団子が二本、入っていた。
「美味そうだな。いただこう」
霊斬は座ると、団子を一本手に取る。
「最悪な家だった」
「最悪?」
団子を食べている霊斬が尋ねた。
「女子どもを集めて、どこかに売っているのは確かだよ。ちょうど、女達が屋敷に連れ込まれるのを見た。その中でもいい女を見つけると、自分のものにしている」
「それで?」
霊斬は彼女の最悪の意味に気づいて納得し、先を促した。
「敵は式部狂治郎をはじめ、およそ十人。女達の保護は自身番に任せてもいいかい?」
「ああ」
霊斬は団子をつまむ。
二人がお茶を飲み終えると、千砂が店を後にした。
――今回はなにも聞いてこなかったな。
そんなことを思いつつ、霊斬は最後の仕上げに取りかかった。
それから数日後の、決行当日。
依頼人の武士が店を訪れる。
「して、首尾はどうなっておる?」
「その前に、これを」
霊斬は直した刀を、差し出す。
出来栄えを見た武士は、笑みを見せた。
「よい出来じゃ」
「ありがとうございます。依頼の件ですが私の知り合いが夜な夜な、女子どもが屋敷に連れ込まれたのを見たと」
「噂は
「彼女らをどこに売っているのかまでは分かりませんでした。しかし、首謀者を突き止めました」
「誰じゃ!」
その言葉に食いついてくる。
「式部狂治郎とのことです」
その様子に内心で驚きながらも、霊斬は落ち着いた声で告げた。
「あやつか!」
武士はその名を聞くと怒りをあらわにする。
「ご存じなのですか?」
「なにかと後ろ暗いことに、手を出しているという輩よ」
「刀にしばらく、手入れをなさった跡がありません。旅にでも出ていたのですか?」
「そうだ」
「偽りにございますね」
「なぜ分かる!」
「刀の状態を見れば分かります。忍びか刺客か、どちらかに命を狙われているのでは?」
「そうだ。誰の手の者か分からんが、忍びにな。頼むぞ」
武士は敵わないといった表情をして、うなずく。
「承知いたしました」
霊斬が頭を下げると、武士が店を出ていった。
その日の夜、霊斬は黒の長着と同色の馬乗り袴を、身に纏う。黒の足袋を履き、黒の羽織を着る。同色の布で顔の下半分を覆う。黒刀を腰に帯びると、式部家に向かった。
式部家に辿り着くなり、下仕えを眠らせる。
庭から屋敷へ入り込む。
「曲者だー!」
という叫びが終わるのを待ってから、その男を斬りつける。
痛みに喘ぐ男をそのままにしていると、次々に九人の男達が姿を見せる。それぞれに刀を抜き、やけにぎらついた眼で霊斬を見ている。
霊斬はそれをものともせず、一人ずつ倒していく。
ある者は右腕を、ある者は左腕を。身体の一部を血に染めながら、倒れていった。
しかし最後の一人はよほど、体力に自信があるらしかった。それだけでは、倒れない。
霊斬は忌々しげに舌打ちをした後、黒刀を振りかざす。
男の懐に突っ込むが、刀に阻まれる。その刀を強引に押し出すと、それに堪えきれないまま壁へと激突。
気を失いかけた男であったが、得物を持ち直し斬りつけてくる。
それを躱し、右肩を斬りつける。鮮血が噴き出す。返り血が目に入るも、霊斬は目を細めるだけでやりすごす。
左脚に黒刀を突き刺した。痛みに叫んだ男を無視し、一度抜いたそれを再度刺す。
異様なのは霊斬だけではなく、彼が扱う刀も同様。
幾度と続く戦いにもかかわらず、刀は劣化することもなければ、刃こぼれも起こさない。念のため、簡単な手入れをしてはいる。しかし、それも必要かどうか、使い手の霊斬ですら分からない。
鮮血を殺ぎ落とし、真っ黒い刀を一瞥。
狂治郎がいる部屋へ向かった。
「なにごとだ!」
霊斬が襖に手をかけようとした瞬間、勝手に開いた。
「お主、誰だ?」
「名乗る必要はない。ごめん!」
霊斬は返り血のついた、黒刀を振るった。
「危ねぇなぁ!」
すぐに躱され、右腕に浅い傷を刻んだだけになってしまった。
奥には妖艶な恰好をした、女達が怯えている。
それを無視し、霊斬は狂治郎と対峙する。
「お主……わしの家臣全員を、倒したのか?」
「そうだが?」
霊斬は、なにか悪いことでもしたか? と言わんばかりの、軽い口調で返す。
「おのれー!」
激昂した狂治郎は、怒りに任せて刀を振るう。的確に霊斬の急所を狙ってくる。
蝶のように躱し続け、左腕を刺し貫いた。
「ぐお……」
狂治郎は鼻息を荒くし、憎しみに染まった双眸を向ける。
対する霊斬は冷ややかな目をしている。
霊斬は一歩踏み込んで、斬撃を放つ。
大袈裟な動きで躱されても気にせず、刀を振るう。
刀同士がぶつかり火花を散らす。
あえて力を抜いた霊斬は、右腕をざっくりと斬りつけられてしまう。しかし、一切動じなかった。
「お主……何者だ?」
「さあな。知りたいか?」
霊斬は