第30話

きれいな見た目の兄は、普通の女性が見れば恋に落ちるような存在だろう。

でも私はその中身を知っていたので、きれいだな、と思う程度で終わる。

アリシアの方がもっときれいで、もっと可愛い!

もっともっと可愛いのよ!

私はそんなことを思いながら、兄の横顔に残念なため息をついていたら、兄が笑った。


「そろそろルイが、戻るんじゃないかなぁ?」

「ルイは買い物に行っているんでしょう?」

「うん、そうだよ。でも、早く帰って来なきゃ意味がないからね」

「どういう意味ですか?」


そんな話をしていると、馬の走ってくる音がした。

本当に帰ってきたのか、と思って、私は兄を置いてそちらへ向かう。

ルイはユキから降りてくるところだった。


「ルイ、お帰りなさい。出ておられたんですね」

「セシリア……!」


ルイは荷物を持っていたようなので、私はユキの手綱を握る。

馬から降りたルイがこちらを見ていた。

ユキは私に顔を寄せてくれて、とても可愛い。

本当にきれいで、いい馬。

よしよし、と鼻筋を撫でていると、私も馬に乗りたくなってくる。


「セシリア」

「はい」

「お前にだ」

「なんでしょうか?」


差し出されたものを受け取ったけれど、ルイは黙っている。

なんで、黙っているのだろうか。

あ、恥ずかしいのか!

そう気づいた時、すでにルイはユキの手綱を握って馬小屋に連れて行っていた。


袋の中を見れば、私の好きなパンが入っている。

どうして、これが好きだって知っていたんだろうか。


「ルイ、これを買いに行っていたんですか?」

「……まあな」

「ありがとうございます。夕食はこのパンに合うものにしましょうね」

「おい、セシリア」

「はい」


馬小屋にユキを入れ、ルイは私の方へやってきた。

彼は私を見つめ、静かに問いかける。


「いつ、戻れる」

「あ、そうですね……」

「まだ戻れんのか」

「その、妹の様子を見てから……」

「アイツがいるから、心配は要らんだろう」

「兄のことですか?でも、あの人は、何もしないので」


2人で屋敷までの道をゆっくりと歩いた。

整った庭を歩きながら、2人で話をする。

ルイはあまり視線を合わせようとはしなかったけれど、それは恥ずかしいからだ。


「アイツからは口止めをされているのだが」

「え?」

「やはり、何も聞いていないか」

「ええ、兄のことは何も」

「そうか。アイツと俺は、深い付き合いをしていないということで、周囲には伝えているんだ」

「では、何か深い関係ですか?兄はパーティーで会った程度、と」

「そういう話にしているだけだ」


そういう話、とは。

つまり、本当は違うということ?

でも、そんな雰囲気は兄にはなかった。


「アイツは」


ルイがそう言った時、遠くで物が割れるような大きな音と、悲鳴が聞こえる。

何があったのか、と思っているとルイがその音のする方向へ走り出した。

私も後を追ったけれど、速い。

さすが、騎士団長。

その足の速さは、目を見張る。

でも、これくらいなきゃ、騎士団長なんてできないのかもしれない。


声のした先では、メイドが集まっていた。

窓ガラスが割れて、怪我をしている者がいる。

兄もその状況を見ていた。


「何があったの?」

「セシリア様!誰かが外から石を投げてきて……!」

「そんなことありえ……」

「セシリア、絨毯が汚れるから、傷の手当てを先にしてくれないか?」


怪我をしたメイドの目の前で、兄は私を遮って言った。

確かに、怪我をした者の手当の方が先なのは、当たり前。

私は、メイドたちに指示をして、怪我の手当てや片付けをさせる。


「うーん、修繕に費用がかかりそうだねぇ。父上に怒られるかな?」

「カリブス、そんなことを言っている暇はないだろう。早く業者を手配しろ」

「分かったよ、ルイ」


兄は、ルイの指示を素直に聞いていた。

こんな兄を見るのは初めてだ。

驚いた、正直、本当に驚いた。

兄はメイドに話をして、すぐに業者を呼ぶ手配をしている。


「ルイ、片付けはさせますから、あなたは離れてください」

「ああ、頼む」


ルイは場所を離れ、私は割れてしまった窓を見る。

窓は確かに割れているけれど、おかしいのだ。

だって、ここはウォーレンス家の屋敷。

屋敷の建物までには、庭がある。

たとえば、通りから石を投げて犯人が逃げる、なんてことができないのだ。

正確には、できるけれど時間がかかる。

こんな真昼間にできることではないから、おかしい。


「もしかして……誰かが屋敷の」


私がそれを言おうとした時、また兄が目の前に来た。


「セシリア、アリシアを見に行かなくていいのかい?」

「あ、アリシア!!」


兄を押しのけて、私はアリシアの部屋へ急いだ。

あの子は部屋で眠っているはず。

もしも誰かが屋敷に入ってきているなら。

侵入者がいるなら。

アリシア!


「行ったねぇ」

「カリブス。お前は妹が心配ではないのか?」

「心配だよ。でも、今はそれだけじゃないだろ?」


私は、兄とルイの会話など耳にも入らず、アリシアの元へ急いだ。


アリシアの部屋に飛び込んで、まだ眠っている妹を見つけられて安心した。

よかった、と小さな妹を見つめて思う。

額にかかった前髪を梳いて、上がった息をできるだけ抑える。


「アリシア……よかった……」


もしも侵入者がいるのなら、何の為に?

何が目的?

でも、それすらはっきり分からない。

嫌だな、気分が悪い。


「ん、お、姉様?」

「起こしちゃった?ごめんなさいね、アリシア」

「いえ、大丈夫です」


ベッドから起き上がろうとする妹を抱きしめようと、腕を広げた。

その時、妹の目が見開いて、叫ぶ。


「お姉様!!」

「え?」


振り返ろうと思った時、後ろに誰かがいることに気づいた。

振り上げられたもの、狙われた私の背中。

それを見ている、妹。


「ダメ!!」


私はアリシアを抱きしめて、彼女は私の腕の中にいた。

この子は守る。

絶対に、守る。

何か痛みがくるかもしれない、と想像していたけれど、何もなかった。

え、と思って見れば、アリシアがその人物の方へ手を向けているだけ。

その先には、倒れたサリーがいる。


「サリー?」


ああ、違う。

もうこの子は私の知っているサリーではない。

その目は汚く淀んで、私を睨んでいた。

手に握られているのは銀のハサミ。

アリシアのハサミを盗んだのはサリーだったのか。

じゃあ、私のドレスを引き裂いたのも?


「サリー、どうして?」

「う、うう、う……!!」


サリーはハサミを握って部屋を飛び出した。


「待って!!サリー!!」

「お姉様!!行かないでください!!危険です!」


アリシアに捕まれて、私はそこから動けなくなる。

でも、今行かなければ、逃げられてしまうかもしれない。

逃げられてしまったら、真相も理由も何もかもが分からなくなってしまう。


「アリシア、ここにいて!」

「お姉様!!」


私は、妹をベッドに残し、走った。

サリーは階段を駆け下りて行く。


「サリー!!」


あの子はこんな子じゃなかった。

真面目で一生懸命で、笑うと可愛い子だった。

そして、王子のところに行くアリシアに、ついっていってくれる子なのよ!!

こんな危険なことをするような子じゃない!


「サリー!!」


サリーは、信じられないくらい足が速かった。

ど、どうしてこんなに足が速いの?

なんでこんなに速いのよ!?


その時、視線の先に兄とルイが見えた。

ルイはすぐにその状況が理解できたようだ。

おかしくなったサリーの様子と、私が追いかけていること。

すべての状況を察して、腰の剣に手を伸ばす。

いや、剣で斬ったら危ないでしょ!?


「ダメーッ!!」


私が大声で叫んだから、ルイの手が止まった。

サリーは兄の方を睨み、そちらに向かっていく。

銀のハサミが兄に向けられた。


「ねえ、ルイ?女の子に剣を向けるなんて野暮なことするなよ」


兄は、何も変わらなかった。

いつもと同じ調子で、口調で言う。

でも、向かってくるサリーを上手にかわして、後ろの首筋に手刀を入れた。

サリーは意識を失って、ドサリとその場に倒れてしまう。


「はぁ、疲れるねぇ」


いつもと同じ調子の兄がそこにいる。

疲れた、と言ってわざとらしく肩を自分で叩いたりしていた。


何が、起こったの?