第23話

「厨房を貸していただけますか?」


笑って、いつものように厨房に入った。

メイドたちは焦って、自分たちがする、というけれど、それではアリシアが納得しないのも分かっているだろう。

私は、すぐに厨房でミルク粥を作る。


アリシアの好きな柔らかいパンとミルクを鍋に入れて、温める。

パンがトロリとなったら、形が崩れるまで混ぜて、器に入れ、ハチミツをかけた。

温かいミルク粥とハチミツの香り。

アリシアはこれが大好きだ。

お菓子も大好きだけれど、こういったものも好きだった。


「夜は野菜を中心にしたスープを作ってもらえる?」

「はい、承知しました、セシリア様」

「これは私が持っていくわ」


私はそれを持って厨房を出た。

妹の部屋に入ると、アリシアは目を輝かせてミルク粥を手に取る。


「あったかい……!」

「ふふ、美味しそうでしょ」

「お姉様が作ってくださったから、美味しいに決まってます!」

「夜は野菜のスープを頼んだからね。ほら、早く食べて」

「はーい!」


笑いながら、妹はパクパクとミルク粥を口に運んだ。

可愛らしい妹を見ながら、私は寝具を整える。

妹が食べている途中、ドアがノックされた。


「セシリア様、その、申し訳ありませんが……」

「サリー?どうしたの?」


顔を出したのはサリーだった。

心なしか落ち込んでいるような気もするけれど、何かあったのだろうか。


「どうしたの?」

「あの、申し訳ありません!お部屋に来ていただけますか!?」


あまりにもサリーが言うので、私は部屋に行った。

部屋に入ると、何が起きていたのかをすぐに把握する。

私の衣類がすべて引き裂かれていた。


あーあ。

なんてこった。

高いドレスを破れたことよりも、すぐに浮かんだのは凶悪な顔で怒りに震えるルイの姿だ。

彼がマリアさんにわざわざ頼んで作らせたものを、こんな目に遭わせられたなら、彼ならぶっちギレても仕方ないだろう。

彼はそういう男だ。


「す、すみません、お荷物を運んで、お部屋に入った時にはすでにこの状態で……!」

「あなたのせいじゃないわ、サリー。気にするなとは言えないけれど、そうね、破れた布を全部集めておいてくれるかしら」

「セシリア様……」

「面倒なことを頼んじゃって、ごめんなさいね」


私は、床に落ちる布を拾った。

ハサミが入っているなら人間の仕業か。

でも、正直なところこれに未練があるわけではない。

ただ、ルイへの言い訳をどうすべきか悩む。

ブチギレて、兄を殺すかも。

いや、犯人は兄ではないだろうけど。

腹いせというか、なんというか、そういう感じで兄が犠牲になりそうな気がする。


「もっと、その、早くお部屋に戻っていれば……」

「いいのよ、サリー。物はいつか朽ちるものだから。でもまあ、それがちょっと早かったというか。でもルイは怒るだろうなぁ」

「お、お、怒られます、よね、グラース様に……」

「なってしまったものは仕方ないわ。でも生地は上等だから、一片でも捨てないでね」


そう、生地は上等だから、ただ捨ててしまうなんて勿体ない。

使えるところは使おう、と思って私はサリーから破れた布をもらった。

他の荷物も確認したけれど、けっきょく駄目になったのはこれだけのようだ。

ルイには、命があって怪我もしていないからよかった、とだけ伝えておこう。

そうでもしなければ、怒り狂って何をするかわからない。

馬で家に突っ込んでくるかも。


「アリシアを見てくるわ。サリーは、夕食の準備に行ってちょうだい」

「はい!」


サリーは仕事に戻った。

変な噂も聞いたけれど、あの子もあの子なりに頑張って生きているのだ。

集まった布を見つめ、どうしようかなぁ、と思う。


私が気にしないというのは事実だ。

ドレスも何もかもが消耗品。

着ることができれば十分。

そう思っている。


でも、これは初めてルイからもらったドレス。

私が考えるべきなのは、これを贈ってくれたルイの気持ちだろう。

きっと恥ずかしい気持ちを堪えに堪えて、マリアさんに言ったに違いない。

そういう意味では悪いことをしたな、と思う。

ルイはそういうことを話すのが苦手な人だ。

マリアさんだから、なんとか言えたという感じかもしれない。


私は、引き裂かれたドレスを見つめていた時、ポタポタと涙が落ちてきた。


「あ、うそ、なんで」


こんなことで泣くなんて。

今まで、自分のものがなくなっても、壊れても、泣くことはなかった。

でも、今は涙が落ちてくる。

ルイが私を想って準備してくれたものを、誰かが嫌がらせなのか、引き裂いた。

そこにどんな意味があるのか、理解はできない。

でも、寂しさや哀しさは残った。


涙を無理矢理拭って、私は立ち上がる。

この布は全部、リメイクする!

絶対に何かに作り替えて見せる。

私は、自分の部屋に鍵をかけ、部屋を出た。


今は、妹の為に時間を使おう。

あの子と一緒にいられる時間を大事にするんだ。

今までもそうやって前を向いてきたじゃない。


アリシアは、ベッドを出て窓辺で外を見ていた。

もう起き上がって大丈夫なのだろうか、と不安に思い、走り寄る。


「アリシア、起きていても大丈夫なの!?」

「お姉様」

「もう少し休んでいた方がいいわ。ほら」


妹の小さな手を握り、ベッドに一緒に座る。

アリシアは私の顔をジッと見つめた。


「お姉様、泣いておられたんですか?」

「え?」

「涙の跡があります」

「あ、大丈夫よ、目にゴミが入っただけ。なかなか取れなくって、痛かったのよ」


誤魔化して笑うと、アリシアは薄っすらと微笑んで私の顔を覗き込む。

なんだろ、少し、近すぎるような。


「本当ですね、もう入っていないみたいですわ」

「アリシア?」

「もう入っていないかなって、思ったんです」

「あ、ありがとう、もう大丈夫よ」


妹の雰囲気が変わったような気がする。

こんなに大人びた子だった?

ニコニコ微笑んでいるようにも見えるけど、何かそこに今までとは違うものを感じてしまった。

だから、話を変えようと思う。


「アリシア、結婚式の時には、あなたも新しいドレスが必要ね。何色のドレスがいいかしら?」

「結婚式のドレス……」

「水色や黄色なんか、とてもよく似合うと思うわ」

「……私は、グラース様に嫌われていますから」


静かに妹は言った。

そんなことはない、と私はすぐに反論する。


「大丈夫よ、ルイはあなたも結婚式に来ていいと言ってくれたんだから」

「そうでしょうか……私は、お姉様に結婚していただきたくないんです。お姉様がお嫁に行ってしまうくらいなら、私が……」

「アリシア!なんてこと言うの!結婚式には来てちょうだい。約束よ?」


握った手に力がこもる。

妹の目が、今までの妹に戻って、潤み、ポロポロ涙がこぼれてきた。

そして、私に抱き着いて泣き出した。


「おねえさまぁぁ~!!!」

「よしよし。いい子ね。明日にでも、ドレスを仕立てましょうね」

「おねえさまが選んだドレスじゃなきゃ、いやですぅ~!!!」


可愛い妹の頭を撫でて、頬を寄せる。

この子に似合うドレスを考えて、お茶をして、お菓子を食べよう。

そうすれば、きっと楽しくて幸せで、温かい時間が来るはず。

泣いている妹を抱きしめながら、ふと、ベッドの脇に視線が移る。

そこに、赤いドレスの切れ端が落ちていた。


違う。

絶対に違う。

この子が、私のドレスを引き裂いたんじゃない。


頭の中で何度も何度も、自分に言い聞かせた。

違う。

あれは、似ているものが落ちているだけ。

偶然、そこに落ちていただけ。

気にしちゃいけない。


「お姉様、どうかしました?」

「ううん、大丈夫よ。なんでもないわ」

「そうですか?」


きょとんとする妹の顔はとても可愛らしかった。

私は今、変な顔をしていないか。

顔色は悪くないか。

不安になる。

でも、気づかれては駄目。

駄目よ。

私は、妹に微笑んだ。


「アリシア、あなたの持っているドレスをもう一度見てみましょうか。似たようなものは作りたくないものね」


そう言って、私は妹のクローゼットを開いた。