第十三話 さよならあずさちゃん

「とうさん、なんだか恐い」


俺はあずさちゃんの誕生日を祝う為、超高級ウナギ屋さんに来ている。

超高級というのが肌に感じるのか、あずさちゃんがビクビクしている。


「良い香りだねー」


俺は金額を知っているので余裕である。

お店の中のウナギを焼く香りを楽しむ余裕すらある。

席に案内されると、あずさちゃんが不安そうである。


「とうさん絶対高いから、やめよう」


「今日は、誕生日を祝う為だから、高いものを食べてもらいたい。だから、これで良いんだよ。そんなに不安そうな顔をしないで、楽しそうにして欲しいな」


「本当に、いいの?」


「いいよ」


「ありがとう。とうさん」


あずさちゃんはそう言うと、わくわくを隠さず、嬉しそうな顔になった。

子供はそうで無くてはいけない。

月給十五万円、手取りは十万円を少し越えるぐらいだが、それでも節約をしているので、この位のお祝いは屁でも無い。


うな重がなかなか出てこないので、やっぱり貧乏人とばれて、嫌がらせをされているのかなーとか。

このまま、料理が出てこないのでは無いかと不安になってくる。

完全な被害妄想である。


そんな、俺の不安をよそに、あずさちゃんはニコニコして料理が出てくるのをまっている。


「お待たせしました」


綺麗な重箱がお盆にのってやってきた。

ちゃんとお吸い物もついているようだ。碗も乗っている。

それが二人の前に並らんだ。

あずさちゃんの目が大きく見開かれた。


「どうぞ」


そういって、俺も自分の前のうな重の蓋を開けた。

大きなウナギが、良いあんばいに焼けて、香りも良い。

継ぎ足し、継ぎ足しの秘伝のタレなのだろうとても美味しそうだ。

箸で、一切れを半分に切り口に運んだ。


――うまい!


とても上品な味だ。

高級そうな味がする。

でも、好みで言うと、もっと脂がのっている方がいいな。

俺は、後の残りをあずさちゃんの為に残そうと決めた。

きっと、お替わりを食べられるはずだ。


ここであずさちゃんが、どんな顔をして食べているのか気になった。


「えっ!?」


思わず声が出てしまった。

あずさちゃんが大量の涙を流している。


「うっ、うっうっ、おどうざん、おいじーー!! おいじいよーー!!」


左手で涙を拭きながら、あずさちゃんは食べている。


「どうかしたの?」


俺は、泣くほど美味しいというわけではなさそうなので、聞いて見た。


「ううん、何でも無いの、何でも無いのだけど、でも、何だか涙が止らないの。うっうっう」


「だったら良いんだ」


あずさちゃんの過去に何があったのかは分からないけど、きっとこの味に何かの思い出でもあるのだろうと思った。

その後もずっと泣きながら食べている。

でも、泣きながら食べているとは思えないほど、速くなくなっていく。

あっと言う間に無くなった。


「うっ、うっ、うっ、美味しかった」


「とうさんの分も食べる?」


「えっ!?」


あずさちゃんは驚いた顔をしたが、恥ずかしそうにうなずいた。


変化を感じたのは、うなぎ屋さんを出た時からだった。


「どう、美味しかった?」


「うん、とてもおいしかった。でももっと脂でギトギトの方がよかった」


俺と意見が同じだった。

会話が終ってもあずさちゃんは俺に触れてこなかった。


――あれ、変だぞ。


あれほど俺にべったりだったあずさちゃんが、俺に触らなくなったのだ。

そしてこの日から、俺がいない時に、あずさちゃんがパニックになることも無くなった。


もし、過去に戻る事が出来るなら、俺はあずさちゃんをうなぎ屋さんには、連れて行かないぞと強く後悔した。


あずさちゃんはこの日を境に、親離れを済ませてしまった様だ。

俺はあずさちゃんに別れを告げた。


――さようなら、あずさちゃん


そして、この日からあずさと呼ぶ事にした。




「なんですか木田さん。折り入って話しがあるなんて」


平日の昼間、笑いながら柳川が社長室に入ってきた。

あずさが親離れしてくれたおかげで、俺は自由に動ける時間が増えた。


「俺は、少しやりたい事がある」


「ふふふ、待っていましたよ、その言葉」


「養鶏場をやりたいと思っている」


「はぁー!?」


「養鶏場だ!!」


「聞こえていますよ。俺はまた、ゲンさんと日本の首領ドンでも目指すのかと思ったんですよ。それが養鶏場だってー! あきれているんですよ!!」


「そうか。それはすまん」


「ふーーっ! で、一応聞きますよ。なんで養鶏場なんですか」


「うん、俺は低所得者だ。低所得者にとって玉子は大事な栄養食だ。一個三十円では、朝食に二個目玉焼きを作って食ってもそれだけで六十円になってしまう。二人分なら百二十円なんだ高すぎるんだ」


「で、」


「俺は玉子一パック十個を百円で売りたい」


「養鶏場を作って、玉子を作っても、百円で売っては赤字になる事は明白ですが」


「そこで俺の特殊能力の出番だ。……これがなんだかわかるか」


俺は手からある金属を出した。


「これがどうかしたのですか」


あれ、あんまり驚かないな。


「これは、金なんだけど」


「えっ、えーーーっ。まさか無限に作れるんですか」


こ、こいつ。俺のいつも斜め上に行くなー。


「ちがう、ちがう。無限には作れねー」


「では、なんですか」


「俺はゴミから作り出せるんだ。電子機器のチップとか基板から。他にも銀とか、銅も取り出せる。それだけじゃねえ、鉄も大量にあるし、これら金属を任意の形に加工が出来る」


「ほう」


柳川が少し前のめりに乗り出した。

恐ろしい顔に悪魔の様な笑みが宿った。

俺の言いたいことをわかってくれた様だ。