「うおおおおーーー!!!」
声と共に拳を前に出す。
相手の拳は、楽々避ける事が出来た。
俺の手がゴミを拾うスピードは、こいつの拳の百倍は速い。
それが目で追えるのだから、拳を避けるぐらいたやすかった。
手の平を自分の胸の前に置き、体から力を抜いて傾け前に倒れこむようにする。
そして、このままでは倒れると勝手に足が出るという瞬間に、足を出さず手のひらを前に出す。
バシュッ!!
男の体が、強烈に押し出され砲弾の様に吹き飛んだ。
ドーーン
壁まで吹っ飛び体が石膏ボードにめり込んだ。
男は口から泡を吹き、白目をむいている。
「うーーむ、少し強すぎたか!」
俺は加減が分からずやり過ぎたようだ。
もう少し弱くしないといけない。
「くそーー!! 全員でかかれーー!!」
八人が、かかってきた。
一斉と言っても個人差があり、少しずつズレがある。
一人ずつ来た順番に、掌底で胸を素早く押した。
力をだんだん弱くしてたたいたので、一人目が壁の上の方まで飛んだのに対して、だんだん低くなっていった。
「何なんだよーてめーはー!! な、なんなんだてめーーはーー!!!」
最後にリーダーの男が血走った目で殴りかかってきた。
トン!!
丁度良さそうな強さでたたく事が出来た。
体は壁まで飛ばなかった。
でも飛んだのが机の手前で、頭を机の角にぶつけて、かえって痛そうだった。
頭をだらんと前に倒し、口からトローーンとよだれを垂らしている。
「大丈夫ですか?」
俺は捕らえられている夫婦に、声をかけながら体を拘束しているガムテープを外した。
キーーーッ
丁度その時、階下の駐車場に凄い勢いで車の止る音がした。
トン、ガタン、トン、ガタン
車の止った勢いに対して階段を上るのが遅い。
ガチャリ
ゆっくりノブがまわり、事務所の扉が開いた。
そこには、頭を包帯で巻き、右手を三角巾、足も包帯にまかれ、目の横に傷のある男の肩を借りて立っている、痛々しいゲンの姿があった。
ゲンはあの、光の無い、闇の様な目で部屋をぐるりと見回した。
「ふっ、ふぁあーはっはっはっはっはー!! あっいで、痛ででで」
ゲンは笑い出して、それがけがに響いたのか痛がっている。
「何でここにいる。豚ヤロー」
ゲンを支えながら頬に傷のある男が声を出した。
「ポンいいんだ、木田ちゃんだ」
「えっ!?」
ゲンと一緒に入ってきた、二人の男が驚いている。
ゲンの腹心と言うところだろう。
まあ、こんなヒキニートな豚野郎がーー。
って顔をしちゃってるよ。わかりやすすぎる。
「やあ、木田ちゃん久しぶり、探したぜ」
「その二人は?」
「ああ、こっちがダーで、こっちがポンだ」
ダーと呼ばれた男は、左の眉からこめかみにかけて、傷痕がある男で、ポンは左頬に傷痕がある男だ。
当然二人とも悪党顔だ。
でも、ゲンが恐すぎて、二人の恐さがかすんでいる。
「で、俺に何の用ですか?」
俺はまたゲンに、ですます口調になっている。
まじで、こえーーんだよ、この男。
「ひひひ、こないだ命を助けられた御礼に飯でもどうかと思ってね。いいだろう」
「えっ!?」
今度は俺が驚いた。そんなことーっていう驚きだ。
「うわああーーー!!!」
「どうした、ポン! うるせーぞ」
「は、はい。こいつ心肺停止しています」
「しょーがねーなー。おらーー!!」
ゲンは心肺停止と言われた男を自分の前に連れてこさせると、背中を強く蹴った。
「ゲフッ、ゲフッ」
蘇生したようだ。
結局、最初に攻撃してきた男と、最後の男の二人が心肺停止になっていたが、二人とも無事蘇生した。
ブオン、ブオン、キキキキーーーー!!!
「おっ! なんだ」
ゲンが驚いている。
「どうやら、ここの社長夫婦が俺たちの車で逃げたようです。追いますか?」
「別にどうでもいい、それより木田ちゃんと飯だ飯!!」
どうやら、俺はゲンに気に入られているようだ。
俺が窓から、逃げて行く車を見ていると、袖がツンツンする。
袖を見ると、子供が俺の服の袖をつまんで引っ張っている。
たいへんだーー。この子置いて行かれているぞーー。
「なにまん?」
「へっ?」
「じゃあ、なにじゃー?」
「えっ?」
子供が何を言っているのか分からない。
まてよ、あれか、ヒーローの呼び名か。
ウルトラとか、スパイダーとか。
マジレンとかボウケンとか言うあれの事か。
俺は少し考えた。
「アイアム、アン、アメーバーマン」
と、自分を親指で指さすと、超ネイティブな言い方でいった。
まあ、ネイティブな言い方なんか知らんけど。
「アンナ、メーダマン……アメダマン、アメダマン?」
「アメダマンはやめて!」
「うん、アンナメーダマン。ねえねえ、あの技の名前は?」
なんだかグイグイ来るなーーこの子。
うーーん、何にしよう。
「蜂蜜アタックかな」
ちょっと、ださいかな。
「か、かっこいいーーー!!!」
無邪気な子供の姿を良く見るとなんだか様子がおかしい。
まず、一月の真冬なのに、元は白だと思われるくすんだ灰色のTシャツ、そして紺の短パンに裸足、まるで真夏の格好だ。
「ねえ、君の名前は?」
「わたし、
指は四歳になっとるよ。
しかし、この子、女の子かー。まるでわからんかった。
服から出ている手足は、細くガリガリで、良く立てるなーと思うぐらい筋肉が無い。
その筋肉の無い手足に所々、痛々しい青あざがある。
頭は、キウイくらいの円形脱毛症が四つある。髪もザンバラで親が適当に切ったのだろうか。
顔は目が落ち込み、頬はこけて、ほとんどガイコツのように見える。
いや、ガイコツにしか見えない。
いったい、どんな生活をしてきたのだろうか。
想像するだけで気の毒になる。
こんな子が一人いるという事は、日本には他にも三十人はこんな子がいるはずだ。
「……」
あずさちゃんが無言で、僕を見上げながらじっと見つめている。
両親がいなくなったのは気が付いているはずだが、僕を見つめている。
その目はアンナメーダーマンに保護を求めているように感じた。