第52話 ロカッタと四柱地獄

 神聖国グラーテカ。


 一ヶ月前のクーデター「アルタの蜂起」以降、王妃であるイライザは不貞を犯した罰と反省のため、メルサナ神殿の修道院で反省することになった。

 夫、ロカッタ国王と当面の期間は別居状態となり、反省後も以前のように政に関与しない姿勢を見せている。


 現在は国王を中心に大賢者マギウスを宮廷魔導師に迎い入れ、懐刀であるムランド公爵と共に国内の運営を担っていた。

 またこれまで疎遠ぎみだった、メルサナ神殿の教皇レイラも協力する意志を示している。


 こうして神聖国グラーテカは以前のように豊かな繁栄を取り戻しつつあった。


 その背景には『死神』と恐れられた、一人の暗殺者アサシンがクーデターを阻止し活躍したことは言うまでもない。

 決して表沙汰にはできないが、事実を知る者達の誰もが彼に感謝していることだろう。



 さらに二ヶ月程が過ぎた頃。


「――以上が報告です、陛下」


「うむ、よきにはからえ。それと収穫時期に合わせて収納する税を調整してくれ。少なくても民の不満を煽るような真似をするなよ。必ず納得させるよう、国にとって必要不可欠な税であることを伝えろ。貧民の健康状態を確認し炊き出しなど無償提供した後に適度な労働を与え国に奉仕させること。また治安維持のため警備の強化、それと――」


 王座に腰を降ろし、きめ細かで的確な指示を出す、ロカッタ国王。

 その采配は実に見事であり、長年大臣を務めているムランド公爵ですら舌を巻く程であった。


 ロカッタ国王はイライザ王妃が不在となってから変わった。

 以前は食べることしか興味がなかった残念な豚王だったが、あれからダイエットをしたらしく、今ではすらりとしたスマートな体形へと変貌した。さらに何故か身長も伸びている。


 これまでできなかった長い足を組み、悠然と玉座に腰掛けている、ロカッタ。

 すっかり口調も変わり、顔立ちもキリッとした容姿のイケメン風である。

 そのイメチェンぶりは、密かに宮廷婦人達の羨望の的となっていた。


「それと新たな孤児院設立の件で報告を聞きたい。国の繁栄として未来を担う子供達に援助するのは当然だからな」


「かしこまりました、陛下」


 これまで蔑み無視していた、ムランド公爵でさえ丁寧に頭を下げ敬意を見せている。


 そう、もう誰もロカッタ国王を蛮族出身の「玉の輿王」あるいは「ミラクル・ザ・ピッグ」と呼ぶ者はいない。


 神聖国グラーテカきっての盟主、生まれ変わった若き優秀王。

 そう称えられていた。


 だが一方で、


(誰よ……こいつ? いきなり変わり過ぎじゃね?)


 王座の隣で佇む、宮廷魔術師こと大賢者マギウスだけは密かにそう思っていた。




 深夜。


 コンコン


 鮮やかな装飾が施された豪華な扉の前で、何者かがノックする。


「――入れ」


 ロカッタの声。

 そこは国王の寝室部屋であった。


 声に応じ扉が開かれ、部屋に全身に漆黒のマントで覆われた四人の兵士達が入ってくる。

 グラーテカ王国を象徴した金色の刺繍に、左胸部に王直属の私兵である親衛騎士の紋章が施されていた。

 全員の素顔は不明だが体系がバラバラであり、やたらと小柄な者や巨漢の者、非常に痩せている者に普通の者など、良く言えば個性的であるがアンバランスの異様さが目立っている。


「ようやく、一つに纏まったか? まったく世話のかかる連中だ」


 ロカッタは真っ赤なガウンに身を包んでおり、豪華な一人掛けのソファーに座っていた。

 玉座と同様に長い足を組みながらワイングラスを片手に、親衛騎士達に向けて視線を向ける。


「いいご身分だねぇ、ボス……ってか、アンタ誰だよ?」


 最も小柄な者が聞いてきた。


「見ての通りロカッタだ。あれから必死でダイエットしたんだ。見ろ、シックスパックだぞ」


 ロカッタ――否、モルスは言いながらガウンをはだけさせ、見事に割れた腹筋を見せびらかしている。

 ただ減量しただけでなく肉体も相当鍛え上げた様子だ。


 その飄々とした態度を見て、小柄な者以外の三人から凄烈な殺意が膨張し、負の魔力として溢れ膨張し始めた。

 現に飾ってあった花瓶の花が枯れていきドス黒い色に染まっていく。


「ちょい、やめなよぃ、アンタ達! ボスが悪いんだからね! せっかく、アタイが必死で、こいつらと和解を成立させたってのにさぁ!」


 小柄の者はフードを取り、素顔を見せる。

 茶色く長い三つ編み髪の幼い顔立ちをした少女、いや小人妖精リトルフ族の女性。

 最高幹部、『四柱地獄フォース・ヘルズ』が一人、パシャ。


「すまん悪かったな、パシャ……それと貴様らもよく来てくれた。とにかくこれで『四柱地獄フォース・ヘルズ』が一つになったというわけだな?」


「うるせーっ、ボス! まずはテメェから殺す!」


 巨漢の者がいきなりキル宣言をしてきた。


「その声はドレイクか? 相変わらず好戦的で野蛮な奴よ……だから謝っているじゃないか? まだ二ヶ月前の暗殺ギルト支部で拘束されたことを根に持っているのか?」


「うるせーって言ってんだろうが! 俺様は一日一回、キルすることを目標にしてんだよぉぉぉ! 仕方なく組織ハデスに入っているが誰の指図も受けねぇ! 俺様のサイクルを邪魔する奴は殺すぅ、殺すぅ!」


「黙れ、ドレイク。貴様がいると話が進まん……ボス、『死神セティ』を屠りたいのなら、俺だけに依頼すれば良いものを……こいつらなんぞ、不要だ」


 長身だが四人の中で、最も普通の体系をした男が淡々と言ってくる。


「駄目だ、斬月ざんげつ。前々から説明しているだろ? 貴様らは四人でひとつ・ ・ ・だ。でなければ『死神セティ』には勝てない。この典型的な戦闘狂め、他の相手でやれ」


『死神セティ……我らが「子供達」の中で唯一 《|生体機能増幅強化《バイオブースト》》を極めし者。その力は時間すら超越するハデス最強の暗殺者アサシン……憎い。なんて憎らしい……ヒェェェェェェェイ!!!』


 最も細く痩せこけた感じの者が籠った声で、いきなり奇声を発してきた。

 声質からして甲高い女性のような叫び。


「……ケール。長生きしている分、博識で聡明な癖に相変わらず病んでいるな……パシャよ、このイカレ女を止めてくれ。うるさくてかなわん」


「やーだよ! けど、これでわかったろ! 四柱の中でアタイが唯一まともだってさぁ! もう少し重宝してほしいもんさねぇ!」


「わかっている……だからセティの賞金首を100億Gまで引き上げたんだろ?」


 遡ること二ヶ月ほど前。


 廃墟と化した暗殺ギルド支部にて、ボスであるモルスを中心に『四柱地獄フォース・ヘルズ』が集結し、そして何故か死闘が行われた。


 元々互いが長年の間、険悪仲であったことが原因だ。

 案の定、互いに顔を見せた途端、乱戦が始まり辺りは修羅場と化した。


 モルスは唯一まともに話せ、協力してくれるパシャを味方にし、苦戦しながらも残りの三人を強引に抑え込み拘束することに成功する。

 それからパシャが二ヶ月の間、三人を説得しなんとか連れて来られるまで沈静化させた。


 暇になったモルスはその間、豚王であるロカッタの肉体をダイエットさせ、ついでにグラーテカ王国の内政を改善していたのだ。

 その思惑と意図は不明であるが……。


「その件なんだけどさぁ、ボス……一人、100億Gにしてくれない? そしたら、こいつら協力するってぇ~」


「はぁ!? お、おま……ひ、一人、100億Gって何言ってんの!? 総額400億Gって意味じゃん! 冗談は顔だけにしろよ!」


 突然のパシャからの提案に、流石のモルスも驚愕する。

 思わず片手に持っていたワイングラスを落としてしまう程に。


「冗談じゃねぇ、ガチで一人100億Gだ。でなきゃ俺様は動かねぇ。本来こうして同じ空気を吸っているだけでも、こいつらを殺したくて疼いているんだぜ、ボス」


「珍しく貴様と気が合う……但し殺したくなるって部分だけだけどな。俺は『死神セティ』と一対一で戦えればいい。100億Gは迷惑料であんたに要求する」


「憎い……憎いから100億Gぃぃぃ! ヒェェェェェェェイ!!!」


「ほらね。全員イカれているだろ? 勿論アタイだって譲る気はないよ。一番の功労者なんだからね!」


 パシャまでドヤ顔で要求してきた。


 あまりにも高額にモルスは大口を開け両目を泳がせている。

 イメチェンしてイケメン顔になったが、すっかり破顔していた。


「キ、キミ達……分割じゃ駄目かね? 1000回払いとか?」


「「「「駄目だ、殺す!」」」」


 そこだけは何故か気が合う、ハデス最強幹部の『四柱地獄フォース・ヘルズ』。


「ぐ、ぐぅ……仕方ない。俺のへそくりでなんとかするよ……だから言う事だけは聞けよ、貴様らコラぁ」


 苦渋の表情を浮かべるモルスの前で、パシャ達は初めて素直に頷いた。


「なら決まりね。それでボス、アタイらを呼びつけた理由を教えてくれない? こんな格好までさせてさぁ?」


「――決まっているだろ、『死神セティ』の抹殺だ。ようやく四柱が集結したのだからな」


 モルスは唇を吊り上げ不敵に微笑む。


 しかし内心では、


(一人100億Gって組織を潰す気かこいつら……畜生共め! いつか泣かすからな!)


 などと恨み節を念じていた。