第16話 通じ合う想い

 みんなを助けるためとはいえ、思いっきり『死神セティ』ぶりを発揮してしまった。

 勇者アルタに扮していた時でさえ、決して見せなかった裏の顔。

 流石に彼女達全員がドン引きしている……仕方のないことだ。

 元とはいえ、僕は組織ハデス最強と畏怖された暗殺者アサシン

 この肉体の全てが血に染まり汚れている。

 本来なら清らかな彼女達に近づいちゃいけなのだから。

「……もう大丈夫ですね。さよなら」

「ちょっと待って、セティくん!」

 背を向け立ち去ろうとする僕に、マニーサが呼び止める。

「これ以上、僕に関わらない方がいい……どういう人間か既にわかっているでしょ?」

「でも聞いてぇ、貴方は『彼』なんでしょ!? 時折、勇者アルタに扮して一緒に冒険してくれた、あの『彼』なのよね!?」

「違います。そんな人知りません」

「嘘よ! 証拠だってあるわ!」

 マニーサは言いながら豊満な胸元からハンカチを取り出して見せてきた。

 いきなりそんなところから抜き出すから、一瞬ドキっとしてしまったけど。

 それは確か……。

「覚えてない!? 初めて私達と食事をした時、貴方の涙を拭いたハンカチよ! 《ペンデュラム魔法》を施しているわ! 見てよ、この赤く点滅している反応ッ! この中で男性はセティくんただ一人……これはセティくんが『彼』だと証明しているのよ!」

 思い出した……そうだ。

 僕に心を取り戻すきっかけを与えてくれた……あの時のハンカチ。

 あの時、嬉しくてつい涙が流れて、マニーサに優しく拭き取ってもらったんだ。

 僕を探し出すために高度な《探索魔法》を施していたのか?

 ずっとみんなを欺いていた、この僕を――僕のために。

 胸が熱く何かが込み上げてくる。

 目頭まで熱くなり、つっと雫が零れ落ちてくる。

 僕は涙を流しているのか?

「セティさん……貴方が『彼』なのですね?」

「ちが……フィアラさん、違うんだ」

「だったらその涙はなんなの? どうして泣いているの、セティ?」

「これは……ミーリ、いやミーリエルさん」

「セティ殿。ミーリエルを『ミーリ』と呼ぶのは、我らグラーテカ国の勇者パーティだけだ。其方の事情はなんとなくだが察している。そして、その圧倒する強さ……間違いなく我らが探す『想い人』ではないか?」

 カリナに言及され、僕は何も言えなくなる。

 彼女達と接すれば接するほど、僕はボロを出してしまう。みんなの優しさで何も偽れなくなる。

 いや、もう偽りたくない……欺きたくない。

 叶うのならセティとして彼女達と向き合いたい。

 ――でも駄目なんだ。

 僕は追われる身。グランドライン大陸の裏社会を支配する暗殺組織『ハデス』から懸賞金を懸けられている元暗殺者アサシン

 自分の身は十分に守れる。シァバゾウがいてギリギリ、ヒナの身も守れる。

 でも彼女達までになると必ず無理が生じてしまう。今回はたまたま相手が雑魚すぎただけ。

 相手が組織ハデス暗殺者アサシンとなると話が変わるだろう。

 それに、これ以上一緒にいたら彼女達が汚れてしまいかねない。

 醜く殺し合う非道なる闇の世界。こんな素敵な女子達が決して入り込んでいい世界じゃないんだ。

 だから僕なんかと関わってはいけない――。

「皆さん、僕のことずっと探してくれてありがとうございます」

「やっぱりセティくんが『彼』なのね?」

 マニーサに問われ、僕は覚悟を決めて頷く。

「そうです。僕は勇者アルタに雇われた暗殺組織に所属する暗殺者アサシンでした。魔王を討伐し皆さんと別れてから組織を裏切り、わけあってランチワゴンを引き継ぎ、各国を点々としながら逃げている身です……気持ちは嬉しいけど、僕と関わると皆さんにも危険が及びます。だからもう僕のことはどうか忘れてください……皆さんには明るい未来があるのですから」

「うむ、セティ殿の主張はよくわかったぞ。唐突な願いだが、両手を差し出してくれぬか?」

「りょ、両手ですか?」

 僕の問いに、カリナと他の子達が頷いて見せる。

 何がなんだかわからず、血塗れの手を差し出した。

 すると、みんなは僕の両手を強く握りしめてくる。その綺麗な手が汚れようとお構いなしに。

「「「「ありがとう、セティ」」」」

「え?」

 思わぬ言葉に、僕はきょとんと少女達の顔をそれぞれ見合わせる。

「皆で決めていたのだ。まずお会いできたのなら、最初にこう言おうとな」

「はい、わたし達は本当に感謝しているのですよ」

「えへへへ、ようやく言えたよ、セティ」

「本当ね。アルタはどうしょうもなかったけど、成り代わった貴方と過ごした時間は私達にとって、とても大切な時間だったのよ?」

 まさかそんな風に思っていたなんて……嬉しいなぁ。

 やばい、また涙が溢れそうだ。特に心を取り戻してから涙腺が弱くなっている。

「……そうだったんですね。何も気づかなくて、プロ失格だな。僕も皆さんには感謝しています。追われる身でありながら、こうして自分らしく生きる決意ができているんですから……でも、いつ僕に気づいたんです?」

「最初は気づかなかったぞ。我の場合、其方と一騎打ちを申し込んだ時からだな。あそこまで完敗したのは、後にも先にもあの一戦だけだ」

「……その節はすみません」

「いや、いい……だからこそ惚れた」

「え?」

「あっ、いや……まだ早いな、うん」

 頬を染めるカリナの言葉に他の三人がジト目で睨んでいる。

 小声で「抜け駆けは駄目だからね」と囁いていた。

「わたし達はアルタと貴方の素行の違いです。声や仕草は似せても、わたし達の接し方がまるで異なります」

「本当だよ~、アルタは威張ってばっかりのスケベでチャラいけど、セティは真面目で一生懸命で優しかったもん!」

「そうね。セティくんは頭も良かったし、何より頼りになったわ」

 ベタ褒めしてくれる、フィアラとミーリエルとマニーサに僕はつい照れてしまう。

「ありがとうございます。けどその口振り、やっぱり勇者アルタとは……もう?」

「はい。婚約破棄して、きっぱり別れました」

「フィアラの言う通り、勝手にセティ殿を解雇したからな。我らもそれぞれの親に密告し、グラーテカ国に苦言を呈するよう進言した」

「今頃、アルタは父親のアルロス王にボコボコにされているんじゃな~い?」

「あるいは追放かもね……ウフフフ」

 うわぁ、みんな次第に優しい笑みから怖い笑みに変わってきたぞ。

 アルタよ、なんかご愁傷様です。

 こうして人身売買組織は壊滅し、僕達は再会を果すことができた。

 監禁されていた女性達は、この国の衛兵団に保護され無事に家へと送り届けられる。

 僕は表沙汰にはできないので、後の処理はカリナ達にお願いし快く引き受けてくれた。

 一応、彼女達が犯罪組織を討伐したという形で、あの子らの身分なら怪しまれず事情聴取で終わるだろう。

 特に首謀者のダリガンっという妖魔族には多額の懸賞金が掛けられていたらしい。

 僕はヒナが心配なのでカリナ達を別れた後、すぐテントに戻った。

 ヒナはシャバゾウと寝袋で寄り添いながら、すやすやと寝ている。

 かわいいものだ。

 噴水場で悪党共の返り血を洗い流した後、僕も床に就くことにした。

 色々あった分、いいこともあったと思う。

 特に彼女達と理解し合えたというか、ようやく偽りの関係から解放されたんだ。

 これからはセティとしてみんなと交流が持てる。僕にとっては奇跡と言える展開だ。

 でも、やっぱり僕は追われる身……極力接触は避けた方がいい。

 たまに会って、話するくらいなら……いいかな。

 などと思いながら眠りに入る。

 翌朝。

「どうして皆さん、自国に戻らないんですか?」

「はて、セティ殿。我らは一言も戻るとは言っておらんぞ?」

「カリナの言う通り。わたし達は貴方を探し、これからも共に歩みたいと思い、ここまで来たのですから」

「だから、セティ~!  これからもこれからもよろしくね~!」

「勿論、私達も『ランチワゴン』を手伝うわ。いいでしょ、セティくん?」

 そう、カリナ、フィアラ、ミーリエル、マニーサの四人が押し掛けてきたのだ。

 なんでも僕と共に各国を回りたいと言う。

 いや昨夜、組織から狙われているって言ったじゃん。

「……気持ちは嬉しいですけど困ります。僕に人を雇える余裕はありませんし」

「路銀なら問題ない。昨日、懸賞金をもらっているし、いざって時は冒険者として我らは活動も行える」

「セティさんの事情も察しております。ですが、それでもわたし達の決意も硬いのです。どうかお願いします」

 フィアラは両手組み、祈るかのように迫ってくる。

 他の子達も力強く頷き、全て覚悟をした上での本気だと思った。

 こりゃ参ったぞ……。

「ぼ、僕だけの一存じゃ……そうだろ、ヒナ?」

「ヒナはいいよ。お姉ちゃん達とても綺麗でいい人だし、それに賑やかで楽しそうだもん」

「「「「ありがとう、ヒナちゃん!」」」

 え、ええーっ……そんなあっさり、いいのぅ?

 どうやら僕に拒否権はないらしい。

「じ、じゃ、しばらくの間だけでも……はい」

 かくして、勇者の元婚約者達と旅を続けることになってしまった。