これは、かつて存在し、そして『今』は失われた国のお話――。
今から約1300年ほど昔。この島国は
山、森、湖。豊かな自然は大小さまざまな生き物を豊富に育んでいます。
中でも鋭い牙や爪、角を持ち、人間に害意を持つ獣は総じて
互いの
それを収めてきたのが
彼らは妖獣を飼い慣らし、心を通じ合わせ、そうして対となった妖獣の手を借りて時に力ずくで争いを鎮めてきました。
ですが、それは妖獣の放つ闇の気を常に浴び続けることに他なりません。その影響を受けて怪師の姿は徐々に異形と化していき、やがては身も心も闇の獣と化して、最期は仲間の怪師に狩られるという残酷な宿命を負う者たちでした。
我が身を犠牲に人々を救い、しかしいつ獣へと変じて自分たちに襲いかかるか知れない者たち。
人々は彼らに感謝しつつも恐れ、疎んじて、距離を置くのが常でした。
獣と、妖獣と、人と、そのはざまにある怪師が住まう国。
それが蜻蛉洲です。
そしてそんな蜻蛉洲を今、滅亡の危機が襲います。
それを予見したのは齢17でありながら蜻蛉洲随一の
星詠の儀にて神霊を降ろした四十八は告げます。
「はるか地の底より、恐るべき悪意を放つ巨大な怪夷が浮上してきております」
「それはいつわれらの前に姿を現すか、わが巫女よ」
女王・
額には星印と呼ばれる記号が浮かび上がり、白金の光をうっすらと放っています。
「わが女王、お答えいたします。
今から9の夜を経て迎える朝、その怪夷は地上へと達し、現れたるその身より放たれし悪意は空を闇で覆い、地上の生きとし生けるもの全ての命は瞬く間に刈り尽くされるでしょう」
「生きるもの全てか」
「さようでございます、わが女王。あなたさまも、私も。この国にいる者、この世界にある命、全てです」
その場にいる全員が息を飲み、言葉を失いました。
災禍は蜻蛉洲のみならず、世界に及ぶというのです。
蜻蛉洲の者で巫女の神霊言を疑う者はいません。しかし他国の者はどうでしょうか?
蜻蛉洲は決して小国ではありませんが、世界規模で見ればもっと大きく、地続きの他国との切磋琢磨の歴史から強大な力を持つに至った国はいくらもあります。小さな島国しか知らぬ田舎者よと、彼らをさげすむ国も少なくありません。
ましてや広大な西方の地を支配し、世界の王を自称する老人は、冷酷で残忍な、闇の心を持つ者と聞いています。そのような老獪が、会ったこともない島国の女王の言葉に耳を貸すかどうか……。
かといって手をこまぬいてはいられません。
「これは我が国のみならず、世界の危機である!」
日神子は西の大国の他、北の帝国、南の連合国家へも伝令を放ちました。
◆◆◆
同刻。
神山の頂でそのような事が起きているとはつゆ知らず、護摩祈祷の小さな炎がちらつくさまを見上げながら怪師ランカは右肩の妖獣に話しかけました。
「見ろ。四十八が夜を徹して星詠みの儀を行っているぞ。
おれたちも頑張ろう。もう一息だ。今度こそ、
火トカゲの妖獣は勇猛にシャッと舌を鳴らして応えます。
その喉をなでたランカは止めていた足を再び動かし、茂みに分け入って行ったのでした。
10日後に世界が滅ぶ。
そんな先読みがなされた国で、あなたは何を思い、どんな行動をとるのでしょうか?