――バチッ
目の前に火花が散った。何が起こったか理解できず、呆然とそれを見つめる。
「見えましたね?」
穏やかな声。彼の声はいつも落ち着いている。問題が起こったとしても取り乱すことなく、冷静に物事と向き合う。
「空間距離が不足している結果です。このまま製品が市場に出回ったら、本製品によって怪我をするお客様だっていたかもしれない」
新規開発中のプリンターの出荷試験において、絶縁耐圧試験が通らないと品質管理部よりクレームが入った。その原因を探るべく、技術部門と品質保証部門で再現試験を行っていた。
この新規開発プリンターの売り文句は『世界最小』だろう。コンパクトで場所を取らない。どこか他社と差別化をしなければ、製品は売れない。そのため『世界最小』をコンセプトに製品の開発を行ってきた。
この『世界最小』という売り文句は、意外とどこのメーカーでも使用する。だが、ここには抜け道があり、いるの調査基準であるかを明確にすることで『世界最小』をうたえるのだ。開発中に『世界最小』が更新されるなんてザラ。発売後に更新されるのもよくある。だから同時に『世界最小」がいくつも存在するのだ。
そしてその『世界最小』プリンターの量産第一ロットを迎えた今日、その量産機で問題が発覚した。
「意図的でなかったからよい、というわけではありません。無知は罪です。その無知によって、お客様の安全を揺るがす事態を作ってはなりません」
その声によって、試験を見守っていた技術者たちは、唇をきつく結ぶ。
誰も、何も言えない。
「このままでは、このプリンターの出荷を許可することはできません」
つまり、出荷停止。この言葉は技術者が一番嫌う。
「ですが。第三者認証の安全試験はパスしてますよね? 認証がおりているはずだ」
男の野太い声が響く。
「認証試験に使った装置と、今ここにある装置。同じレベルのものですか? もしかして、ゴールデンサンプルを使ったというわけではありませんよね?」
ゴールデンサンプル――認証試験を行う際、認証機関にサンプル装置を送付する。試験をクリアするために、試験が不合格になれば対策を行うのが一般的だろう。その対策をサンプルには適用したが、量産品には適用しなかった。そういった事例は、残念ながら多々あると聞いている。それはこの会社に限らず。
「同じものです。認証機関から指摘された内容は、すべて図面にフィードバックしました。その図面は、品証でも承認しましたよね?」
声を張り上げたのは女性技術者である。彼女が誰よりもこの案件に真剣に取り組んでいたのは知っている。だからこの現状に、人一倍、胸を痛めているはず。
「はい。変更図面については、私たちも確認しております。それは問題ありません」
その声で、彼女は愁眉を開いた。
「では、認証は通ったのに、ここで試験が通らないのはなぜ?」
ここにいる誰もがそう思っている。
「……あっ」
認証の試験レポートを確認していた彼女が、声をあげる。
「わかったかもしれない」