ミリアが私たちのアデク隊に異動してきて、一週間近くが経とうとしていた。
彼女の監視は当面の間、クレアとイスカの2人にしてもらう予定だったけれど、なぜかずっとクレアひとりがやってくれていたらしい。
「助けてえ…………」
「うわ」
私が最高司令官の業務に追われてしまっているので、2人でその後の定期報告に来てもらった時。
ヘロヘロになったミリアが私にすがり付いてきて、何となく理由は察した。
「あの子ずっと訓練に付き合えって迫ってくる────もう休みたいのに毎日朝から晩までさせられて……」
「へぇ。じゃあクレア、報告の方お願いします」
「薄情者っ!」
まぁ実力ならa級相当のサンドバッグが常に近くにいるんだ、強くなりたいクレアからしたら使い倒すに決まっている。
正直ミリアにはいいお灸だなと思ったし、肝心のクレアも普段よりツヤツヤのホクホク顔だったので、その訴えは無視することにした。
皆にはミリアの監視という業務を押し付けてしまって悪いと思っていたし本人も馴染めるか心配だったけれど、いい
「────っと、報告はこんなとこだな。ミリアも大人しいもんだぜ」
「いい子にしてるよー、へへへ」
「してなきゃ死刑なんですよ、次こそは」
一応の謹慎期間中なのに、楽しそうなのが釈然としない。
そりゃあ敵に鉄砲玉として扱われてたこの間までとは、雲泥の差なのだろうけれど。
ちなみにミリアも元々住んでいた私の部屋近くは、未だに記者なんかがウロウロしていると聞く。
そんな場所で住むのはミリアの状況的にも好ましくないので引っ越ししたそうだ。
今はクレアの借りている部屋で、一緒に住んでいるらしい────
「いやいやいや、こないだから思ってたんですけどそれ、何でですか? おかしいですよね?」
「でもあんなところに住んでたらそれどころじゃねぇだろ?
監視すんなら一緒に住んだ方がいいじゃんか」
私の家をあんなところと言う言い方は引っ掛かるにしろ、それは自分が原因なので指摘は野暮だとして。
私が期待したのはミリアの観察と補導と指導だ、四六時中見守っていろとまでは言っていない。
だからそれ根本的に間違ってますよ、と言おうとしたけど────
「うーん、ミリア、隊には慣れましたか?」
「まぁ一応。3人とも良くしてくれてるよ」
本人だって、監視が四六時中付きまとわれるという意味ではないことくらい理解してるだろうし、クレアに説明もしただろう。
それでも引っ越したなら、クレアと意気投合したということか。
じゃあまぁ本人達がいいなら、別に私はいいか。
「そう言えばイスカとロイドは? こないだの事で2人にお礼と報告と────あとごめんなさい言いたいんだけど、見当たらなくて」
「2人ならミリアの処遇を聞いてから、隊の皆とすぐに新しい任務行きましたよ」
そう言えばこないだの大会以降、彼らの隊も目的だったパトロンが見つかって、ますます任務に精を出していた。
私が大会をめちゃくちゃにしてしまったので申し訳なかったけれど、優勝したロイドを見ていた人もきちんといたらしい。
「と言うことで今は街にはいませんね、帰ってきてから言ってください」
「えっ、あの2人同じ隊になったの!!? イスカのお店は!? ロイド隊は!?」
あっ、そこからか。この一年様変わりした周りの状況を把握できていないんだ。
「ちなみにリゲル君は軍を辞めて、王国騎士になりました。私は色々あって、今はお城に住んでます」
「流石にそれはウソだよぉ~」
まぁ流石に信じないか。去年の今頃の私に言っても信じないだろうし。
「そういやエリー、いつ帰ってくんだよアデク隊長は。ミリアの前で言いたかねぇけど、勝手にこんなことして良かったのか?」
「あー、まだ療養中で帰るのは後日だそうです。
ちょくちょく連絡は取っていて、ミリア入隊の許可も取ってるので大丈夫ですよ」
そんなこと勝手にやった日には、アデク隊長がごねてミリアが摘まみ出される事は必須なので、決定の前に連絡はした。
もちろん快諾という感じではなかったにしろ、国王からの決定を無下にする程、あの人も反骨精神に溢れてるわけではない。
「レオンさんも回復に向かってるそうです」
「よかったーーーー!」
一応ここ最高司令官室だぞ、大声出すな。
「そういえばミリア、バッつんはどうですか?」
「う~ん、一応回復はしているけれど。私の中から出てこないかな」
この間の戦いの後、ミリアの契約精霊であるバッつんは、彼女の中に入ったままだった。
それ自体は“精霊同化”と言って、“精霊天衣”の応用で、潜入や精霊の回復のためによく使われる
ここまで長くなると、流石に心配になってくる。
「無理させ過ぎたからかなぁ。反省してる。とりあえず無事なのは確認できるけど……」
「じゃあ、いまのところ原因が見つからないと」
「うん。こんなこと初めてかも」
そこに関してだけは、ミリアも気掛かりだったらしい。
まぁ私からしてみれば原因は何となく分かってるんだけど、それは本人が気付かなければならない問題だ。
「まぁおじいちゃんコウモリですもんね、ゆっくり休ませてあげてください。“精霊天衣”は?」
「それも今は出来ないかなぁ。出来てもやりたくない、無理させたくないから」
「まぁ仕方ないですね」
それにしても、ミリアが“精霊天衣”出来ないのは大きな痛手だ。
それナシでも逃走前の軍隊でも充分任務をこなせていたので、戦力に問題はないと思うけれど。
「味方に戻った途端に弱体化してやんの……」
「んあぁぁぁっ!?」
私のポロっと言ったことがよほど癇に触ったらしく、ミリアは地団駄を踏んだ。
「ええええ、エリー! いい、言ってはいけないことを言ったな!!! 言ってはいけないことを言ったなっ!!?? ゴホッゲホッ! ねぇクレア、コイツ言ってはいけないことを言ったよ! 許せねぇ! 許せねぇよ!!」
「よせよ、次はクビじゃ済まねぇぞ……」
あわや殴りかからんと言うところを、クレアがそっと止める。
「報告終わったんだから帰るぞ」
「ガルルルルッ!」
「あそうだ、ミリアもうひとつ」
引きずられていくミリアを、私は呼び止めた。
「何さ、イヤミが言い足りなかったの??」
「じゃなくてこれを」
私は机の下に入れておいたひと振りの白い剣を、ミリアに渡す。
「んー、バスターソードだな?」
「これは……?」
「レオンさんから、渡して欲しいと。元々は彼が使う予定で注文したみたいですが、せっかくなので貰ってくれと」
「えっ、ホント!? ありがとう!!」
レオンさんの名前が出た途端、ミリアは顔を輝かせて剣を握った。
なんせ3年ぶりに兄を感じられる物を贈られたのだ、舞い上がってしまうのも無理はない。
戦闘面でもも“精霊天衣”が出来ない分、剣で補うのはアリだろう。
「えっと、覚えてますかね。【バロン】にいた、方言の女性。ミアさんて言うんですけど。あの人が打ったみたいです」
「あの人って鍛冶職人だったの!?」
まぁとても華奢な人なので驚くのは無理もない。
でも実は街でもかなり評判の職人らしく、軍からも依頼をする人は多いらしい。
ちなみに彼女のレオンさんの記憶も消えていた。
誰が注文した剣だったのか、ずっと分からなかったらしい────
それでも彼が行方不明の3年間、手入れも欠かさずこの剣を保管していたのは、ひとえにミアさんの職人としての矜持からだそうだ。
「ちゃんと職人さんにもお礼言って、記憶戻してあげてくださいね。
あと私が仲介したというのはご内密に、色々騒ぎになりそうなので」
「キレイな剣だねぇ…………」
「聞いてます? あと今抜くなっ!」
止められて、ミリアはしぶしぶ手を納めた。
流石に保護観察中に最高司令官室で抜刀はマズい。
「スゴく嬉しいよ! エリー、ありがとう!」
「ま、まぁ気に入ったなら良かったです。私は何にもしてないですし……」
先ほどまでの怒りはどこへやら。
こうしてミリアは新しく手に入れた白い剣を手に、ウキウキと部屋を出ていった。
やっぱり楽しそうなのが、釈然としないんだよなぁ────