セルマが運ばれたエクレア総合病院、そこの待合室。
アリーナでの試合の中継映像は、病院でも流れている。
周りの人たちは皆、呆然と画面を見つめているだけだ。
そしてそれは、さっきまでエリーといたアタシ達にしても、同じ事だった。
「な、何だよアレ……」
良くも悪くも、映し出されたプロマの映像は、音声までかなり鮮明に拾っていた。
エリアルの震える声、細かい息づかい、今まで見たこともないような怒りの感情や極度の緊張まで、よく伝わってくる。
「く、クレアさん……」
「分かってる、分かってる────でも……」
エリアルがずっと、かつての教官を追っていたこと。
ソイツと今
敵が攻めてきて大変なことになっていること。
しかもアリーナに閉じ込められて、沢山の人質までとられていること。
これはすぐ近くのアリーナで起きている現実のはずなのに、どこか遠い世界の話のようで全然現実感が沸かなかった。
「い、行かなきゃ……! エリーさん助けに……!」
まだ現実をのみ込めないでそう言っているうちに、アタシより先にスピカが立ち上がった。
その声でアタシも、少しだけ冷静になる。
「助けに────そ、そうだよ。でもどうやって?」
「へ……? あそっか」
勢いだけで立ち上がったスピカは、少し考えてハッとした。
そう、絶望的なのはアリーナの周りに張られたあのバリアだ。
敵からの襲撃から国民を守るあのバリアは、そう簡単に突破できるものじゃないハズ。
仕組みも原理も分からないのに、ただあそこに行ってなにか出来るもんなのか?
「いや────いや迷ってる場合じゃねぇか!
助けが望めねぇならアタシらがなんかするしかねぇ! 行くぞスピカ!」
「う、うん……!」
それに例えアタシが行って何も出来なくっても、仲間が死にそうで困ってるときこんなところでじっとしてるなんて、アタシには出来なかった。
「ちょっと待って! 自分も一緒に!」
「うわっセルマ!? お前眼が覚めてたのかよ!?」
アタシたちを止めたセルマは、少し顔色は悪かったけれど、運び込まれた時よりは大分調子が良さそうだった。
でも左眼の緑色だけは消えて、右目と同じ色に戻っている。
もしかして力を使いすぎて消えたのか?
「中で看護師さんたちが話してる声が聞こえちゃって、じっとしてられないの!」
「ダメですセルマ・ライトさん。それは到底許可できません」
後ろから追いかけてきたララさんは、何とか病室に連れ戻そうとする。
でもセルマの意志は堅くて、中々その場から動かなかった。
「ララさん! でもエリーちゃんが大変なの!」
「そもそも、貴女達が行ったところであのバリアは破壊するのは不可能でしょう」
ララさんは窓の外を指差した。
そこからはホンの少しだけれど、アリーナが見える。
「あれはララたち軍の術師が総力を結集して作った、防御装置です。
あそこに立てこもられてしまえば、外部からの破壊は不可能と言う他ないでしょう」
「それでも────!」
クレアは大きな声を上げた。
周りの患者や職員たちの注目が、こちらに集まる。
「ごめんなさいララさん。危険なのは分かってる、ワガママなのも。
それでも、自分はここで行かなきゃ、一生後悔するわ……」
「……………………」
ララさんは、ただセルマを黙って見据えているだけだった。
こうしている間にもエリアルは壁の向こうで戦っている、時間がもったいない。
「────全く、これだから軍人は。
そこの2人もですよロイド・ギャレットとイスカ・トアニ!」
「げげっ、バレた……!」
ララさんが睨み付けた方向には、コッソリと病室を抜け出して来たであろう2人が、病棟から出ていくところだった。
エリアルの昔の仲間だ。あの2人も、ここに入院してたのか。
「アンタらまさか、抜け駆けするつもりだったのかよ!?」
「はんっ! お前らがノロノロしてる間に先に行って何が悪い!」
「まぁここにずっといても、どうにもならなしいしね~」
さっきまでの思考を見透かされたようで、一瞬ギクリとしてしまう。
もしアタシらの動きを見計らって動き出したのなら、喰えない奴らだ。
「分かってるよ、今アタシらも向かう! 行くぞセルマ!」
本当は無茶するから巻き込みたくないけど、同じ立場だったら多分アタシも、同じことをしたハズだ。
多分自分が何もせず、結果エリアルに何かあったら、死ぬほど辛い。
「いいんじゃな~い? ララ
「貴女がいるから、余計心配なのですよ……」
そう言われたエリアルの昔の仲間は、大してショックでもなさそうに笑っていた。
一見大人しそうだけど、大会を見る限り隣のロイドよりアイツの方が、幾分か危ないとアタシも思う。
「それにここでエリーがやられちゃったら、この国も危ないんでしょ?
なら死にかけの僕らでも、いないよりマシだって。どーせなら入院してる人みんな引きずり出してさ────と言うのはさすがに冗談にしても……」
さすがにその意見はララさんに睨まれて尻すぼみになっていったけれど、今度は代わってロイドが前に出てきた。
「アンタが止めるなら、アンタを倒してく。ワガママな患者で悪かったな」
「ここで暴れられるのは困ります。分かりました、無茶な事をしないという条件で、3人の外出を認めましょう」
「ありがとう! 僕ララさんが大好き!」
抱きつこうとした木の女軍人を、ララさんはノールックで避けた。
「ただし、条件があります。私を隊長とし、臨時の隊として私に同行する体を取りなさい」
「えっ!?」
それは願ってもない申し出だった。
あそこに向かえる戦力が足りない今、軍の幹部がいてくれることはとても心強い。
「ララさん、いいの……?」
「入院患者を外で暴れさせるわけにはいきません。
それに若い貴女たちに仮にも公共の施設を破壊させるのですから、責任は立場が上の者が取るべきでしょう」
ララさんの言うことは最もで、アタシはそこまで頭が回っていなかった。
確かにこの事件の主犯も軍の人間なら、街中で暴れるアタシたちを見て住人が言い顔をするハズはないだろう。
でも幹部ならこの街で顔も効く。
ララさんはアタシ達の事まで、ちゃんと考えてくれてたのか────
「じゃあ、好きに暴れていいってことだよな……?」
「ダメです」
何はともあれ、方針は決まった。
あとはアリーナに行ってバリアをブッ壊すだけ、なんだけど────
「あれ、ロイドは? セルマも?」
良く見ると、さっきまでそこにいた2人の姿が消えていた。
「クレアさん、2人は、もう行った……」
「どっちもまともに動けるのがスゴいのに、せっかちだよね。時間ないの分かるけどさ」
「うわ、チクショウ!」
ロイドは愚か、セルマにも先を越された────
「これは……私の幹部脱退も考えた方がいいですね……」
病院で走り出すアタシの横で、ララさんがそう呟いた。