自分も限界が近い、あとどれだけ戦えるか────
「そろそろ終わらせてやるよ、いくぜ【リミット・イーター】!」
「なっ────!」
彼がエリーちゃんと同じく、能力と精霊、両方の力を戦闘に用いると言うことは、予め聞いていた。
「アイツの能力【リミット・イーター】は、そうですね────【出来ることを出来るようになる能力】ってところでしょうか?」
「ど、どう言うこと?」
彼の力の概要をエリーちゃんから聞いたとき、最初はどういう意味か分からなかった。
不可能を可能にするんじゃなく、可能を可能に、とは?
「つまり自分の限界を引き出す能力、に近いかもしれません。
例えば風邪を引いたとき、怪我をしたとき、大抵の人は十二分に自分の能力を発揮できないですよね?」
「えぇ、それは分かる。すごく分かるわ」
今までも自分が万全の状態で対処できなかった場面は、何度もあった。
ミューズの時や、マグロ村で襲われた時────もっと自分がいつでも戦えれば、と思いながらも、何度もチャンスを逃している気がする。
「アイツの【リミット・イーター】は、そういう自分のメンタリティやバイタリティによるマイナス補正を無くすんです。
私が言うのもなんですけど、地味ですよね」
「いいえ、それは────」
目立たないけれど間違いなく強力だ。
運に左右されず、常に自分の限界を引き出す能力。
だからこそ、その能力は既に使われていて、ロイドさんは全力で自分と戦っていると思ったのに────
「ふん、どうした?」
「いいえ……いいえ、何でもないわ……」
彼はまだ、余力を残していた。
軍の幹部候補と言われる人はやはり強い。
力押しでは、まず勝てない。
スピードや技術も上回っている。
拘束することも、叶わなかった。
「くっ、なんの! “アニス・ノヴァ”!!」
「ふんっ!」
最後の渾身の眼力光線も、難なく避けられる。
そしてついに自分に限界がきた。
「くっ……」
「もう終わりかよ、つまんねぇな。レース見てた限りもう少し楽しめると思ったのによ」
「………………」
気付くと地面に膝をついていた。
“モード・アニス”の光が消えて、上昇させた魔力がしぼんで行く。
【アニス・シード】の力は、いわば増幅機だ。
自分の魔力を爆発的に増加させることが出きるけれど、そもそもその魔力が絞り出せなければ意味がなかった。
そしてロイドさんは目の前まで歩み寄ってきて、こちらの首根っこを掴んできた。
「グッ……」
「降参しろ。
「イヤよ────」
首を掴む手が、ギリリとさらに強くなるのを感じた。
呼吸が苦しい、意識が飛びそうになる。
「加減間違っても、恨むんじゃねぇぞ」
「ぎっ……」
まだ倒れるわけにはいかない────
痛くても勝てなくても、ただ前に進みたい、あの人に追い付きたいという意志が、まだ自分の中にあることを確かめる。
だから、限界を越えてどんな手を使っても自分は勝たなければならなかった。
「────ン……」
「あぁ?」
双子から教わった技を、今ここで!
「“リダクション・エクスプロージョーン”!」
「なっ……にっ、自爆!?」
自分の全身から、先程とは比べ物にならないほど強烈な光が盛れるのが分かった。
巻き込まれたロイドさんもろとも、自爆の炎は空気を焼き、地面を裂いた────
※ ※ ※ ※ ※
「ゴホッ……」
ヨロヨロと地面から立ち上がるロイドさん。
既に“精霊天衣”は解除され、全身からの出血も著しい。
それでも彼は、確かに自爆に巻き込まれた後でも、立ち上がっていた。
「何でまだ立ち上がれんだ?
ありゃ確かに
「あとで、教えたげるわ……それより今は喋る体力が惜しい……」
「そうかい。じゃあ終わらせようか」
もう余力はない、次の一撃で勝敗が決まる!!
「“アニス・ノヴァ”!」
「しゃらくせぇ! オレに!! ひれ伏せええっ!」
「っ────!」
眼力光線を真正面に受けながら、今度は真正面から突き破って来る。
全身に高火力の魔力攻撃を受けているはずなのに、その勢いは止まらない!
「うっ……そ……!」
「そこだろっ!」
光のような速さに見えた、それが一瞬で横を通りすぎていった。
そしてそれを頭の中で反芻する時間もなく、目の前が真っ暗になる。
被弾覚悟で高速で接近からの、首もとへの一撃────
「どいつもこいつも試合ごときで無茶しやがって。そろそろ眠れ」
セミファイナル第一試合、勝者ロイド・ギャレット────
※ ※ ※ ※ ※
試合終了、そのすぐ後にストレッチャーが走るアリーナの廊下。
意識を失い運ばれるセルマに、私たちは駆け寄る。
「セルマ! セルマ!!」
「おい、しっかりしろ! あそこまで無茶するなんて聞いてねぇぞ!」
彼女に触れようとしたくれたクレア、しかしその手は付き添っていたドクターの一人に払われた。
「エリーさんクレアさん、今彼女は絶対安静です。このままララの病院へ運ぶことを進言いたします」
「ララさん……!」
待機していた医師は、
軍の幹部の一人でもある彼女がセルマの治療をしてくれるのはありがたいけれど、ここにいるとは思わなかった。
「何かイヤな予感がして、来てみればこんな命を捨てるような真似を。
正直アデクやリーエルの戦いを見ているようで、とてもヒヤヒヤしました」
そういえば2人がまだ新人だった頃、当時術師だったリーエルさんの猛攻と、それを“精霊天衣”の超火力で焼ききろうとするアデク先輩の力と力のぶつかり合いがあったという。
その試合の再現とも呼ぶべき戦いが今、目の前で行われていたのだ。
その話はリタさんに私も聞いただけだけれど、当時の状況を知るララさんにとっては、近いものを感じたのだろう。
「ロイド、最悪……」
「アイツのダメージほぼ自爆したからだろ! あと呼び捨て止めろって────ゴフッ……」
不貞腐れるスピカちゃんに怒ったのは、ロイド本人だった。
アイツもアイツで限界なのかストレッチャーで運ばれている上に、叫んだ拍子に血反吐を吐いた。
「貴方ももちろん絶対安静です。喋らないように」
「うぅ……」
2人同時に病院送りだ、ロイドはともかくセルマが魔力を使いすぎているのは、試合を見れば明白だった。
「ララさん、やっぱりセルマの魔力が今足りてないんですか?」
「えぇ、最後の光線を発射したのが、よくなかったでのでしょう。
そしてあんなものを正面で受けた彼も同じくらい、愚かです」
「自爆じゃなくて、ですか?」
正直、私からしてみれば全ての魔力を絞り弾き出すような最後の自爆が、彼女の魔力切れで倒れる決定打となったようにしか見えなかった。
「魔方陣────彼女風に言うと、トラップです。地面に自分用に仕掛けたトラップで、自爆をした直後に自身を回復させたのです」
「は? そんなこと可能なのか!?」
「ララは確かに見ましたから可能、だったのでしょう。
察するに力尽きたとき、自動的に鎖が延びて自身を絡めとり、トラップまで引きずっていく仕様だったのでは?」
なるほど、それなら自爆をしてもセルマには勝機があったのかもしれない。
例えば地面に杖を突き立てた瞬間などにそれを用意しておけば、ロイドに気付かれずに自爆の用意も出来た、と────
「ちっ、そういうスンポーかよ。思ったよか、つまんねーな。グッ……」
「貴方それ以上喋らないように。
ただ、彼女の爆発に関しては分からないことがひとつ」
「なにか?」
ララさんは難しい顔で、顎に手を当てる。
「回復用の魔方陣は本来、医療で継続的に回復が必要なとき、ベッドの下などに置いて使うものです。
輸血と同じで爆発的な魔力の注入は、身体が耐えられるはずがありません」
「トラップを使っても直ぐに動き出せたのは、あり得ない、と?」
「えぇ。魔力とは言わば、人間の持つエネルギーそのもの。
確かに自爆した時、それがほとんど底を尽きたはず。そこからの戦闘継続は気合いどうこうでは、どうにもならない話です」
未だストレッチャーの上で目を覚まさないセルマを、ララさんは見つめる。
「戦いの途中全身が光っていた事と言い、彼女にはララが知らない何か特別な『力』がある────まぁ、それはララには知る必要もないことでしたね」
一瞬ララさんと目が合ったけれど、すぐに視線を逸らした。
多分彼女は私たちが何かを知っていることにも、感づいているのだろう。
以前私たちの目の前でリーエルさんからセルマに移った【アニス・シード】の力────その概要を、私たちはアデク隊長達から聞いている。
「えっと、ララさん……今からセルマさん、病院に運ぶんだよね……?」
「まぁ当然そうなります。もちろん今すぐにでも」
「あ、そっか。う~ん」
悩ましげなのは、クレアとスピカちゃんだった。
流石に自分に向けられる感情に疎い私でも、2人が何に悩んでいるのかくらいは分かった。
「2人とも、行ってあげてください」
「いい、の……?」
「むしろ私もついてあげなきゃいけないのに、ごめんなさい……」
そっとセルマの顔を覗く。
顔からは血の気が引いて、生気がない。力を使い果たしたんだということは、よく分かる。
もちろんララさんがついているから頼もしい限りではあるけれど、やはり心配なものは心配だった。
あぁ、私だってこの後に試合なんてなければ────いや、本来なら試合なんてなくても一緒にいたいのに。
「そんなこと言うなって、セルマにはセルマの戦いがあったんだ。
コイツにはアタシたちがついてるから、行ってこいって」
そう言って、クレアは拳を突き出した。
「それにアタシに勝ったやつが、こんなとこで棄権されてもつまんねーしな」
「あ、スピカもいる、から……任せて……!」
そう言って、スピカちゃんもその小さなグーを同じように突きだす。
あぁ、良かった。こういう時、頼れる仲間がいて私には────
「ありがとう、2人とも……」
「当然っ!」
「ね……!」
2人の拳を握り、頬に当て、その暖かさを確かに感じてから最後にもう一度、セルマを見る。
心なしか、さっきよりも彼女の顔が穏やかに戻っていた気がした。
「じゃあ、行ってきます……」
仲間たちに背を向けて、私は控え室へと足を運ぶ。
ようやくこの時が近づいて来た。
緊張も、不安も、焦燥も、全部まだ私の中に渦巻いている。
それでも、私を見送ってくれた人たちのためにも、私は────
「行きますよ、きーさん」
少し呼吸を整えて。
私はもう後には帰れないその道に、歩みを進めた。
~ 第3部3章完 ~
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