その瞬間、私は彼女の次の一手を止められなかった。
腕を鋭く尖った木材に変えて、その細い首に突き立てる。
「“ピックアップ・リグナムバイタ”!」
「っ────!」
刃物のように鋭いそれは、あっさりとイスカの生命線を刈り取り、後には混乱する私だけが残る。
目の前で、イスカの生首が、地面に落ちた。
「イスカっ!!」
私は反射的に駆け出す────駆け出していた。
彼女の能力が、とか。自分で切った首だから、とか。
そんな事は全て無視して、私は走っていた。
だって、目の前で、イスカが────
「何してるんですか!? 何を──何で!?」
私は慌てて、崩れかける彼女の身体を支えた。
すると首を失ったはずの彼女の腕が、ギギギと球体間接の人形のように動き出す。
「────っ……」
そして私の頬を一度つつくと、そのまま動きは完全に止まった。
「イスカ、どうしてここまで……」
「全部思い通りには、いかないんだぞ、ってね……
君のあの技、攻略、してやったよ……」
いつの間にか首が再生したイスカが、出来上がったばかりの首でそんなことを言った。
何を言ってるんだと戸惑っていたら、彼女は少し辛そうに目を閉じた。
「大丈夫ですか……?」
「首を取ったのは初めて……大丈夫だけど、意外に堪えるね……
参った……僕の負け……もう指一本も、動かないよ……」
見る限り、彼女に全く余裕はなかった。
呼吸も絶え絶えで、意識を保つのも多分限界だろう。
「待ってください、今助けを────」
私は腕の震えを必死に押さえながら、彼女を地面に置こうとした。
しかし彼女の身体は、逆に私を強く抱き寄せた。
「えっ、何……? 何ですか……? 安静にしないと────」
「あんなに怒ってたのに、首を取ったとき駆け出してくれて、ありがとう……」
イスカの言うように私は彼女に怒りを向けた。
でもそれとこれとは、もちろん話は別だった。
例え彼女は能力で身体を再生できると知っていたとしても、それが心配しない理由にはならない。
道理も理屈も飲み込んで、それでも身体を動かした────
「大嫌いなんて言ってゴメンね。もう僕が首を突っ込めるようなちっぽけな話じゃないことくらい、分かってるのに────」
イスカが指摘した私の大会の動機、【不屈のアーロ】を狙う理由。大きく膨らみすぎたその真実。
確かに彼女のいう通り、それはもう誰かに頼りたくてもどうしようもないところまで来てしまっていた。
「どうして、そこまで?」
「君をずっと見てきたからだよ……
あと一人で戦う君が嫌いって言ったのは、君と一緒にいるのが大好きだから……」
少しずつ、イスカの力が弱まって行く。でも彼女は喋り続ける。
一言一言命を振り絞るようにするイスカを、私はなぜかどうしても止められなかった。
「出来るなら、またミリアと3人で、遊びにいこ……
昔みたいに外でごはん食べて、買い物して、お芝居見て、おやついっぱい買って、お泊まりするの……」
「えぇ、行きましたね。楽しかったです」
そう言えば隊が結成した頃、3人で集まって遊びに行ったことがあった。
まだミリアの事をよく知らなかったので、最初少し面倒くさいな、とか思っていたけれど────
私の中でも、もしかしたらあの日は人生で一番楽しい日だったかも知れない。
そう思ってしまうくらい、充実した日だったんだ。
「分かりました、そうしましょう……」
「うん、約束。今はまだ、難しいかも、しれないけれど……
いつか
ずっと、誰かを危険になんて晒せないと我慢してきた。
弱音だって、自分のなかに押し込めてきた。
だけれど、目の前の命を懸けてくれた彼女を見ると、それさえ貫き通せる気がしなかった。
だって────
「大切な人が困ってたら、理屈抜きに駆け出しちゃう、でしょ……?
みんなもきっとおんなじだよ……僕たちが君からもらったものは、返したいものは、いっぱいあるんだから……」
私を掴んだ腕の力が完全に抜けて、両腕がだらんと落ちる。
それでも最後、彼女は呟いた。
「約束だよ、僕の大切な────エリ、ィ……」
「………………っ!」
私の胸に抱かれて、イスカは気を失った。
自身の身を文字通り削って削いで、失って────
相当厳しい戦いだったはずなのに、なぜだか彼女の顔はとても安らかで、満足げだった。
「イスカ───イスカ、イスカ……イスカっ!!」
試合終了の号砲が鳴り、試合の勝者を決するアナウンスが流れた。
ただ私は勝ち残った事実は噛み締められず、イスカに言われたことを何度も心で反芻するだけだった。
※ ※ ※ ※ ※
約3年前、初めてイスカに出会ったあの日。
私が彼女に抱いた感想は、面白い子だな、と言う感じだった。
「初めまして、僕はイスカ・トアニって言います。よろしくね」
「あ、よろしくお願いします」
訓練所の会議室一部屋を借りた、顔合わせ会。男性2人と教官が来る前だった。
差し出された手を握ろうとしたら、彼女の手が突然はぜた。
「ひぎゃっ」
驚いて仰け反った私を、ミリアが笑っていたのを覚えている。
「ハハハハ! エリー驚きすぎ!」
「なな、何ですか……?」
恐る恐る見てみると、彼女は手にはニ輪の花が咲いていた。
その花は赤く瑞々しくて、確かゼラニウムと言う種類だったと思う。
「はい、どうぞどうぞー」
「くれるんですか……?」
「わーいありがと」
ひょいとミリアは花を一輪摘まむと、訓練着の胸ポケットにそれを飾った。
真似して私も、それを受け取って胸へ着けてみる。
動きやすくもお堅い格好である訓練着に、洒落た花が一輪。
中々ミスマッチな気がして、私は少しおかしくなった。
「イスカだね、お花ありがと。これからよろしく!
私はミリア・ノリス。こっちはエリアル・テイラーね。エリーって呼んであげて」
「うん、2人ともよろしくね。今度どっか食事でも行く?」
「あ、行く行く!」
その後しばらく、イスカとミリアが他愛もない世間話で盛り上がっていたのを覚えている。
確かイスカの能力の事や、ミリアの相棒ばっつんの事何かを話していたけれど、実は私は上の空だった。
イスカがくれたゼラニウムの花────
私の記憶の中ではお花なんて貰ったのは初めてで、普段そんなものに興味ない私も、胸に着けたそれがすごく素敵なものに思えてきた。
「エリーは意外と少女趣味だねぇ」
「えっ? あ、そう言う訳じゃ────」
気付くとミリアが、花に見とれる私をニヨニヨと見つめていた。
別に良いのだけれど、少しだけからかわれたような気がして恥ずかしくなった。
「でも喜んでくれたみたいで、良かったよ」
イスカはそんな私を見て、机にもたれながら微笑んでいた。
あの時はこんなに長い付き合いになるとは思ってなかったけれど。
私はあの日の出来事を、多分一生忘れない。
あの時の自分の嬉しかった気持ち、不安な気持ち、恥ずかしかった気持ち────暖かくなった気持ちを、覚えている。
そしてあぁ、そうか、と今更になって思う。
どうやら私は自分で思ってる以上に、周りのことも自分のことも、大切で大事だったらしい。