「「「ダメかああぁーー!」」」
試合終了した瞬間、私たちは同時にガックリ項垂れた。
スピカちゃんが敗けてしまった────私は彼女の覚悟も知っていた分、心臓を掴み取られたように心が痛い。
ただそれを知らないクレアもセルマも、隣で精魂尽き果てたように溜め息をついていた。
「正直、自分の試合より生きてる心地がしなかったわ……」
「でもアイツ頑張ったよ……あそこまでガッツ見せるとは思わなかった……」
私も何度も見てるだけなのに、ダメだと諦めてしまった場面があった。
だけれど、それだけの窮地を脱することが出来るほどの能力を、スピカちゃんは身に付けているのだ。
あとは、肝心な国王の裁定を待つだけなのだけれど────
「ところであのぉ……大丈夫ですか?」
反対側の兄姉2人はと言うと、未だに声がでないほどの放心状態だった。
何とか意識が戻ってくるまでに、その後少なからず要する。
「す、スピカ……また無茶をして……」
「ヘレナもヘレナですわ……! あんな危険なことさせるために修行をつけたのではないのです!!」
保護者2人には、私たちとは違った心配ごとがあるらしかった。
「まぁ、我々の仕事も終わりだ。速やかに撤収するぞ」
そう言うレスターさんも、軽く胃の辺りを押さえているのを、私は見逃さなかった。
「うん……うん、分かった。じゃあ、また後で」
「カペラ! カペラ、カペラ、カペラ、カペラ、カペラ!
何て言いましたの!? ねぇ、何て言いましたの!?」
「うっせぇな、帰りにでも聞けよ……」
フードの男性は軽くカペラさんに耳打ちすると、レスターさんとアダラさんを連れて帰っていった。
最後まで周りの人は、彼の異常さに気付かなかったらしい。
そしてカペラさんだけは、そのまま会場に残っていた。
「スピカちゃんの処遇について、ですか……?」
「────あぁ……」
彼の表情は変わらなかったので、いまいち正解が読めなかったけれど、彼は私たちを気にすることなく、下の控え室へと向かった。
「クレア、セルマ。私たちも行きましょう……」
※ ※ ※ ※ ※
救護室で治療が終わって、気がつくとスピカは一人でべっどで寝ていた。
お医者さんはスピカの魔力の回復が早いのに驚いてたし、この分ならしばらく寝てれば帰っていいよって言われた。
それで初めて一人になって、白い天井を見て思う。
あぁ、負けちゃったんだなって────
「ちくしょう……」
普段は使わない言葉を使ってみても、あんまり気分は変わらなかった。
ただその代わり、部屋の扉を叩く音がする。
「どうぞ……」
「失礼します、スピカ・セネットさん。対戦相手の方がお会いしたいと」
「え……?」
ヘレナさんが会いに来てくれるとは思わなかった。
スピカも一度話をしたかったから、部屋へ通してもらう。
「スピカ殿~!」
「うわっ……元気だね……」
「いえ、結構キツいでありマス!!」
確かにヘレナさんは大怪我こそしてないけれど、色々なところに治療の痕があった。
じゃあ何で来たの────と思ったら、急に何かを差し出してきた。
「あ、これスピカのごーぐる……」
「次の試合が始まるまでに、取って来たでありマス!!
差し出がましいとは思いましたが、大事そうなものだったので、一応と!」
「ううん、ありがとう。とっても、大事なもの……」
ヘレナさんはスピカが吹き飛ばされた時にどっか行っちゃったのを、必死に探してきてくれたみたいだった。
スピカにそれを渡すと、「じゃあ」とそのまま帰ろうとした。
「まって……!」
「はい、何でしょう??」
「え……! え、えっとね……」
特に何かを言いたかったわけじゃないから、困っちゃった。
けれどしばらく黙っていても、ヘレナさんはそのまま待ってくれていた。
「あっ……試合中、頼もしいって……」
「えぇ、言ったでありマス。
スピカさんのような人たちと、同じ方向を向いて戦えることは誇りだと」
「それ……! それ……なんだけど、ね……」
ぱぱを護ってくれる王国騎士の人が、沢山いるのは知っていた。
レスターさんや、リゲル兄、アダラ姉──他にも何人か会ったことがある。
でも実際戦ってみて、ヘレナさんの言葉を聞いてみて、スピカは全然王国騎士のことを知らなかったんだって分かった。
「スピカも同じ、だと思って……スピカも、とっても頼もしいって、思ったの……!」
「ホントでありマスか!?」
「うん、本当……」
少し暑苦しいけれど、ヘレナさんが真っ直ぐスピカの家族を護ろうとしてくれることが、とっても嬉しかったし、頼もしかった。
だからヘレナさんには負けちゃったけれど、おかげでスピカも少しだけ、王国騎士の見方が変わった気がする。
「それにあの────もしかしたらスピカ、王国騎士によろしくするかもしれないし……」
「えっ!? 軍を辞めてしまうでありマスか!?
よもや私の熱意が、そんなにスピカ殿を感動させていたとは!!」
「いや、違くて……その……」
言い出せずに困っていたら、また扉を誰かがのっくした。
「へあっ! ど、どうぞ……」
「失礼します。スピカ様、隊のお仲間がお会いしたいようです」
「あ、スピカが行きます……」
充分に休んだら、あとはお家でゆっくりしてていいって先生も言っていた。
そして救護室をヘレナさんと出ると、隊のみんなが待っていた。
「スピカちゃん!!」
「おわっ……」
会って早々、セルマさんが抱きついてきた。
急にぎゅうぎゅう締め付けられて、ちょっと痛い。
「止めてやれよ、病み上がりだぜ?」
「あ、そっか……スピカちゃん大丈夫??」
「うん……」
いつも会ってる人たちなのに、なんだかとっても久しぶりに会う気がした。
でもみんな、いつもと変わらない、スピカが王女だって知っても、変わらず仲良く出来る人たち────
「お帰りなさい、スピカちゃん」
「ただいま、エリーさん……ただいま、みんな……」
負けてしまったのに、やっぱりみんなは温かかった。
もしぱぱがあの試合を見て認めてくれなかったら、やっぱりここを離れなきゃいけないのかな────
「スピカちゃん!? どうしたの!?」
「う、うん……みんなに会ったら、安心しちゃって……でも不安になっちゃって……」
なんだか不思議と、涙が出てきた。
こらえようとしても、一度緩んだ目頭はどうしてもそのまま、沢山の感情と一緒に涙をだし続けて。
泣かないって決めてたのに、やっぱりだめだったな────
「えーっと、スピカ。そろそろオレが話していいかな?」
「あ、カペラ兄……なんでここに……?」
後ろの方に気まずそうに隠れていたカペラ兄が、ひょっこり顔を出した。
「カペラ先輩!! 応援ありがとうでありマス!!
しかしなぜスピカ殿と、そこまで親しげに!?」
「オレとスピカが兄妹だからだよ。これ秘密ね」
「なるほど、それは驚きデスな! 分かったでありマス!!」
ヘレナさんは、思った以上に小さいことは気にしない人だった。
「カペラ兄、ヘレナさんの応援に来てたの……?」
「うん、でもスピカも応援してたよ。それと、これは父さんからの伝言なんだけど……」
カペラ兄はもったいぶらず、にっこり笑った。
変な
その顔を見て、スピカはすぐに何が言いたいか分かった。
「合格、だってさ。ご、う、か、く。
今後余程の事があれば考え直すけれど、当分当面は、軍に残ってもいいってさ」
「えっ……」
その言葉を聞いて、スピカは膝から崩れ落ちそうになった。
それを隣の隊のみんなが、支えてくれる。
「やっ……えぇ────」
持ってる力は全部使った、出来ることは完璧にやった。
でも、ぱぱは厳しい人だから、負けちゃったスピカを不合格にすると思ってた。
もう軍には、この隊には、いられないと思っていたのに────
「最初は負けたら即失格の、無理難題のつもりだったみたいだけどね。
あんな試合見せられたら、誰だって認めざるを得ないよ」
「ほほ、ほん……とう……?」
「本当だよ、対戦相手のヘレナに感謝するんだね」
ヘレナさんは何だか不思議そうな顔をしているだけだったけれど、周りの人が優しく微笑んでくれているのを見て、ようやく実感が沸いてきた。
認められたんだ、ぱぱに────
認めてもらったんだ、ぱぱに────
いてもいいんだ、この場所に!!
「よ、よ────よがっだあああぁぁぁ……! よがっだよおおおぉぉぉっ……!」
「おおぉっビックリした……」
「うわぁぁぁぁーーーーーっ!!」
スピカは一目もはばからず、大泣きしてしまった。
でもそれを、皆は優しく見守ってくれていた。
それでようやく涙が止まってから、エリーさんが優しく手を握ってくれた。
隣のセルマさん、クレアさんもスピカの手を握る。
「スピカちゃん、おめでとうございます。またこれからよろしくお願いしますね」
「うん……!」
長かった修行や大会、負けてしまったけれどスピカの心はすっきりしていた。
ううん────すごくすごく、すごーーく、すっきりしてる!
「お~、メデタイでありマスね。
おめでとうございます、スピカ殿」
「あ……」
そんな様子を、ヘレナさんも黙って見守ってくれていた。
そう言えばヘレナさんには、王国騎士に入るかも知れない、とか言っちゃったんだっけ。
「ごめん、ヘレナさん……王国騎士によろしくするかもって言ったけど……やっぱよろしくしない……」
「えぇ!?」
ヘレナさんはしばらく困った顔をして少し残念そうだったけど、すぐにスピカの顔を真っ直ぐ見て、笑ってくれた。
「なんだか分かりませんが、スピカ殿は大切なものを護れたようでありマスな!!」
「う、うん……!」
沢山のきらきらした光に包まれた日────
スピカはきっと、少しだけ成長をした。