勝敗は、明らかだった。
「はいそこまでぇ~」
「っ────」
顔に当たる直前で止められた拳は、止めてくれたイスカがいなければ、跡に残りかねない傷を負わせていただろう。
当たっていればルール上は私の勝ちだったけれど、流石にそれは────
「もううちのリーダー闘えないよぉ。これくらいにしてあげて」
「はいはい、止めりゃいいのね」
これ以上やっても、時間を浪費するだけ。
そう思ったのかは分からないけれど、イスカはパンパンと手を打って闘い────と言う体で行われている蹂躙をあっさりと止めて見せた。
彼女の言葉には、ロイドさんもあっさりと従う。
「重力操作系のヤツとは初めてだ、まだ日が浅いのか?」
「はい────」
「そうか」
それだけ言うと、ロイドさんは、軽く服の土を払うとあくびをして家の方向へ歩き出した。
それは私たちから興味が薄れて、彼が帰ろうとしていることを示している。
どうしよう────
「ごめんイスカ、私……」
「あー、それは違う。謝る相手は僕じゃなくて、ライルだろ?
それにより謝るべきは僕だよ。君は頑張ったんだ、すごく頑張った。むしろ無理させて──ごめん」
イスカはその場で、深々と頭を下げた。この人がこんな顔をするなんて、始めてみた。
でもここで謝り合ったからって、なにかが変わるわけじゃないんだ────
「ね、ロイド! うちのリーダーすごいでしょ!」
「うるせぇ、早く行くぞ。夜明けだって待っちゃくれねぇんだ」
背中を向けたままロイドさんが興味も無さそうに手をブラブラと振る。
って、今何て────
「えっ!?」
「しー、しー!」
ソニアが思わず叫ぶと、イスカがその空いた口を塞いでいた。
危うく私も叫びそうになったけれど、頭の回転が遅かったのでそこまで思考が追い付かなかった。
「な、なんでロイド、あの人が来ることになってるのよ?」
「多分元々そのつもりだったんだよ、人質の話し聞いたときから」
でもそれなら私と戦う必要なんてなかったじゃないか。
そもそも今さっき私はもう闘えないと言ったのはイスカだし────
「うん、多分だけどね。『お願いついてきて』で単に行くと癪だから、あぁやって君と戦うことで落としどころ探してたんだよ」
「でも私が負けたんだし、約束と違うんじゃ……」
「え、そんなこと誰も言ってないよ?」
え、でも私が勝てば文句無しで認めてくれるって、戦闘になる前に聞いたから、頑張らなきゃって思ったんだけど────
「あ、それ言ったのイスカじゃん……」
「え、僕そんなこと言ったっけ?」
「言った!!!」
そんな重要なこと忘れられてもらっては困る。
あの一言のせいで私がどれだけ緊張したか、一回イスカにも味合わせてあげたい。
「そうでもしないと
まぁでも、ホントのところ僕らの出した条件は『レベッカと今すぐ闘える』だから、君があそこに立っただけでよかったんだけどね」
「あ、そうじゃん……ん? そうなの??」
「アイツは闘ってつまらなかったらその約束も放棄するつもりだったみたいだけどね。
レベッカが頑張ってくれたおかげで、アイツは『
なんか、いいように2人に使われた気がする。
そう言えばイスカも最初仲間になるとき、「ただエリーの言いなりになるなんて癪だし」と言って、質問ゲームを繰り出してきたんだったっけ。
よっぽど、人に従うのが2人は嫌いらしい。
「人に従うのが嫌なんじゃなくて、
「あの子……? あの子って誰よ?」
「ソニアには関係ない人。いいからいいから。
ほら、そんなこと言ってる間に来たよ」
見ると、自室から着替えて戻ってきたロイドさんが、こちらに歩いてきた。
「どうした、時間ねぇんじゃなかったのか?」
「ケジメのはなしをしてたんだよ。ね、ロイド!
あと、君も隊探してるんでしょ? 折角だからうちの隊に入ったら?」
「あーそう? オレも丁度すぐにどっかの隊に入る必要があったし、いいよ」
イスカの提案に、あっさりとロイドさんは、仲間入りを承諾する。
一瞬、あっさり過ぎて聞き逃してしまうところだったけれど────
「えっ!? いいい、いっ、いいのっ!?」
「リーダーのアンタが嫌なら、別に無理にはいるつもりはねぇけど」
「ううん、是非入って! よ、よろしくお願いいたします……!」
最初は誘うだけで断られてしまうだろうと声もかけなかったロイドさんだけれど、仲間になってくれると言うなら別だ。
今回のこともそうだけれど、次期幹部候補──仲間にいてこれほど頼もしい存在もいない。
「あ、ありがとうロイドさん……」
「へりくだるな、お前はこの小隊の頭だ。
できねぇのはいいし、頼るのも任せろ。
ただお前がリーダーとして不甲斐ねぇようなら、オレは辞めるからな」
「っ────わ、分かった、望むところっ!」
どうやら、私よりもランクが上の隊員がたくさん集まってしまったけれど、この際どうでもいい。
今、私達がやらなければイケないことはひとつのはずだ。
「みんな、私の勝手なわがままにつきあわせて悪いけど────
私は、ライル君を助けたい。だから────」
少し時間が経ってしまったけれど、もう一度気合いを入れ直す。
ソニアは、イスカは承諾してくれた。
だから最後は────
「手伝って、ロイド」
「任せろ────」
リーエル隊第58番小隊、私の大切な居場所に新しく、もう一人。
とても頼もしい仲間が加わった。
「めんどくさ。ロイドって、そーゆーとこめんどくさ律儀だよね」
「イスカ!! それ言っちゃダメなヤツよ! しー! しー!」
見ると本人は、ソニアとイスカの会話を聞こえないふりしていた。
年上の男性に対して大っぴらに言うのもあれだけれど、意外と恥ずかしがりやさんなのかな。
「って、あれ? あ、あれれ────?」
「おい急ぐんじゃねぇのかよ、何してんだ」
「動かないんだよ、か、身体が……」
そう言えば、今回のロイドとの闘い、今までにないほど能力を使って、今までにないほどダメージを受けて。
今私は、言わば今までで一番身体に負担がかかっている状態だった。
今まででハイになっていて気づかなかった。
フェリシア教官の訓練もきつかったけれど、そんなの比べ物にならないくらいの、激痛と軋みが────イタタタタタ!!
「い、痛い! 動かなきゃいけないって分かってるのに──う、動かない……!」
「はぁ……まぁ、そういう風に殴ったからな」
どーりで痛いわけだ、のたうちまわったり身悶えることさえ出来ないほどキツい。
「そういえば髪の毛、なんか半分くらい緑色になってない? それ大丈夫なの?」
「力を使いすぎると色が戻るんだって。
体力回復すれば戻るんだけどイタタタタ……!!」
全く動けない私に、ロイドはため息をついた。
なんだよ、自分でやっといて。
「おいイスカ、回復魔法少しは使えたよな。リーダー助けてやれよ」
「やだよ」
「え……」
断られたのは予想外だったのか、ロイドがいつもよりワントーン低い間抜けな声をあげる。
「こ、コイツ動かないと行けねぇだろ!」
「うん、でも、ねぇ……?」
何かを求めるようにモジモジするイスカ。
それを見て、ロイドは察したように深く深く深く、ため息をついた。
「レベッカリーダー、さっきは殴ってすみませんでした。
そしてお願いしますイスカさん、レベッカの傷を治してあげてください」
「よろしい」
「うっわぁ……」
ソニアが心底ドン引きしたような声をあげる。
どうやらこのチームの力関係が、何となく決まってきたらしい。
その後私は、ライル君をさらった敵の指定した場所まで、イスカに回復を任せながら、ロイドにおぶさりながら移動した。
ここだけの話、なんかものすごくダメなリーダーっぽくて、とても不安になったのだった────