イスカの話を、ロイドさんは扉にもたれて腕を組み、真剣な表情で聞いていた。
さっきまで少し眠そうな顔をしていたのに、すぐに仕事モードに入ったのは、流石軍でもトップクラスの戦士だ。
ロイドさんは話を聞く間ずっと頷くだけなので、こちらは逆に緊張してしまう。
そして聴き終わった彼は、「そうか」と一言だけ、顔色も変えずに答えた。
「だから、助けて。ロイドなら、相手が誰でも、大抵なんとか出きるよね?」
「多分なんとか出きるよ、でも嫌だね」
「えっ────」
てっきり話を聞いてくれたのだから、了承してくれるものだと思っていた。
だからそのあっさりとしたストレートな拒否に、ついつい口を出してしまう。
「い、嫌ってそんな……」
「だと思ったよ、やっぱり。素直には従ってくれないよね、君は……」
「分かってんなら最初っから聞きに来るな」
そう言って扉を閉めようとするロイドさん、でもそうはいかない。
私は食い下がって、扉を無理矢理こじ開ける。
「ちょちょちょっ! なんで嫌なんですか!? 説明して!」
「やめろ、扉が壊れる。
簡単な話だろ、その話オレにはメリットがねぇ」
「め、メリット……?」
「そいつら倒して金が手にはいる訳でもねぇ、そいつらが強いわけでもねぇ、そいつらと戦って楽しいわけでもねぇ、そいつらがオレにキャリアをくれるわけでもねぇ、そいつらいたぶって笑えるわけでもねぇ。
何一つメリットがないのに、命だけかけろってか。バカにすんな」
まぁ、うん──彼の言うことはもっともだった。
手放しに助けてほしいといっても、逆の立場でも同じ条件なら素直に「うん」といえる話じゃない。
だからと言って、私から何かメリットを提示できる話でもない。
友達を助けるのにメリットとかないけれど、そもそもそんなこと言ったら私や2人だって、ライル君を助けるメリットはないはずだ。
それでも勇気を振り絞って立ち向かうと決めているけれど、そんな危険なこと、他人には強要できない。
「そもそもお前達は、なぜオレの家を知っている?
イスカにも教えてないよな、ヒルベルトやリゲルに聞いたか?
ならあいつらに頼めば────」
「ちょ、ちょっと待って!? 私たちはエリーさんに貴方を紹介されたの!
チームを作るときに、ロイドさんが仲間を募集してるから声をかけてみるといい、って……」
「なにっ? なんでアイツがオレの家知ってんだよ」
「わ、分かんない────」
なんでエリーさんがロイドさんの家を知ってたかまでは、私が知るわけない。
でもエリーさんのことだから、例えばこの国の存亡に関わるような重要な秘密を知っててもおかしくはないけれど。
「ちょっとロイド。レベッカに突っかかっても仕方ないよ。
エリーだって、何か理由があって君の住所教えたんだよ。
仲間を募集してる意外に、なんか心当たりないの?」
「────そーいや、前に約束してたな……
クソ、こんな形で返してきやがって」
「ロイドさん?」
ロイドさんはイスカの顔を少しだけ見ると、悩んだように項垂れた。
少しだけイスカの言葉に揺らぎ始めているのかもしれない。
「な、何があったか知らないけどその約束って────」
「あーあー、オレとアイツの個人的なことだ。話しに首突っ込むんじゃねぇよ。
ついでにオレもお前達の話しに首突っ込む気は今のところないね」
「そんな……」
「そもそも、なんでオレのとこに来るのが『助けてほしい』なんだ。
エリアルは最初『オレを仲間にしろ』って話でここに来させようとしたんだろ?」
それは────私たちとロイドさんのレベルが、違いすぎると思ったからだ。
最近d級に上がった私、そして次期幹部に選ばれるともっぱらの噂のロイドさん。
私から隊に誘うなんてこと自体、おこがましい気がしてしまって、会いに行くのはやめてしまった。
「身の程をわきまえたってことか、大層なことじゃねぇか」
「そんな言い方───」
「そうだろ、その通りだろうよ、それ以外に何がある。
つまりお前たちはオレを仲間にする気もメリットもないが、力は借りたいと? それこそ図々しいだろ」
もう返す言葉もなくなって、私は黙るしかなかった。
イスカは出来なきゃライル君が死んでしまうかもしれないと言っていたけれど、どうやればこの男を交渉できるのか、検討も付かなかった。
でもきっとイスカなら、本当はなにか考えがあるんじゃないの────?
そう思ってそっと見ると、彼女は少し眼を会わせた後、深く深くため息を付いた。
「はぁ────分かったよ、その代わりリーダーにもちょっと頑張ってもらうからね。適当に合わせて」
「え? え? が、がってん……」
え、でも頑張るって何を──と言う前に、イスカはロイドさんと向き合っていた。
「うーん、やっぱり中々、強情だねぇ……
実はさロイド、うちの小隊この子がリーダーなんだけど」
「お前じゃなくて?」
「うん、僕じゃなくてこの子がリーダーなんだよ。
実はこの子すごい実力者でね、マッサージ屋さん燃えた僕も『これはいける!』って思って彼女に付くことにしたんだ」
「はぁ、お前が。にわかには信じがたいんだけどな」
訝しげな眼でこちらを見るロイドさん。
正直背筋がゾクゾクと冷えるほど緊張するけれど──イスカにはなにか考えがあるんだ。
私は猫背になりかけた背筋を無理矢理ピンと伸ばして、さらに後ろに反った。
「そ、そうだよ? 私強いんだよ? ふ、ふふん?」
「どう強い?」
「とと、とにかく強い!」
さらに眉を潜めるロイドさん。
蛇の目の前に来たみたいな、その眼光鋭い人に睨み付けられたとき特有の凍てつく視線────
「戦ってみて面白い相手っていうのかな?
『レベッカと今すぐ戦える』それが僕らの提示できる条件だよ。
きっとロイドもこの子の事が気に入って、ついてくる気になるよ」
「ふぅん、もしコイツがつまんねぇヤツならどうする。
てめぇらはなにも駆けねぇのは筋が通らねぇだろ?」
「こっちは友達の命と貴重な時間を今も駆けてるんだよ?
それでもまだなにか駆けた方がいい?」
「──────いや、いい」
それだけ言うと、ロイドはアパートの階段を降りていった。
ここの向かいの公園、少しくらい暴れるなら大丈夫な場所なんだけれど────
「おい、早く来いよ」
「た、タイムっ!」
「は? スポーツかよ」
「タイム! タイムなのっ! レベッカちょっと来てっ!」
「え~、僕ぅ~」
私はついに我慢できなくなって、イスカを連れ出した。
言いたいことが分からないとは言わせない。
「どーしたの?」
「どーしたのはこっちだよ! なんでこんなことになってるの!? それともなにか考えが!?」
「うーん」
困ったようにイスカは首をかしげる。なんで分からない風なんだよ。
さっきも話したところだけれど、彼は次期幹部候補と噂されるロイド・ギャレット。
正直私がロイドさんと戦って勝てる確率なんて、万に一つもあり得ない。
入隊した頃から彼と一緒だったイスカが、それを分からないはずがない。
「あーそれね。ま、ぶっちゃけなんとかなるでしょ」
「はぁっ!?」
「アイツが面白いって言うのは大抵、強いやつのこと。
君が勝てば文句無しで認めてくれるはずだよ。
つまりレベッカリーダー、ロイドと戦ってきてね」
なるほど、それなら私は今度こそ、心の底から胸を張って答えられる。
「ムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリ!」