おーい、おーい、おーい────
「はっ!? ライル君!!」
「おーい──って良かった、起きた起きた」
気が付くと、私はまださっきまでの路地裏にいた。
そして、目の前にはライル君────ではなく、突然いなくなってしまったはずのソニアとイスカが、私を覗き込んでいた。
「あっ! 2人とも!! 大変なのライル君が!! ソニアの代わりに変な人たちに連れ去られて!! あ、えっとライル君て言うのは水兵服着た男の子なんだけど──あ、見た目は女の子で──あれ!? 今時間は!? あ、でも、えっとえっと、何から話せば……」
ダメだ、何から話せば────
ライル君が目の前で誘拐されてしまった事実、それだけで頭がこんがらがってしまって上手く話せない。
夜明けまでに何とかしないといけないのに、時間がないのに────
「うんうん、落ち着いてレベッカ。さっきから説明しないで大丈夫だよ。見てたから」
「えっ!? 見てたの!?」
突然姿を消したりかと思えばさっき私たちが襲われたのを見ていたり────
混乱した頭が、余計回らなくなってしまう。
「ご、ごめんリーダー。ソニアが、ソニアが悪いの────!!」
「あーあー、ソニアじゃなくて僕のせいだよ。君が出てこうとしたのを止めたのは僕なんだし」
「えっと、どういうこと?」
「うーん、そうだなぁ……」
イスカがチラッと時計を確認して、しばらく黙りこんでから、小さく「よし」と呟く。
「夜明けまでまだまだあるね、ゆっくり話ながら行こうか」
※ ※ ※ ※ ※
「あ、あのイスカ……ほんとに大丈夫なの?」
すっかり夜になってしまった街の中、住民達も家路へと付いてしまい、すれ違う人もまばらだった。
あんなことがあった後、ついつい人通りの少ない路地裏やあの街路樹の影──私たちを襲った敵が潜んでいるんじゃないかという恐怖を感じてしまう。
「ねぇイスカ────」
「とりあえず付いてきなよ」というイスカの言葉に、私はいわれるがままに従ってしまったけれど、こんなことしてる場合じゃないんじゃ────
「えいっ」
「うわぉっ────!?」
ボンッと目の前でイスカの腕が花に変わった。
初めて見るけどこれは、たしかイスカの固有能力だ。
「ななな、なにっ!? えっと────あ、これって……」
「ハーブのにおいだよ。落ち着くんだ」
スッキリとしたいい香りが鼻を抜けて行く。
少しだけ急かされて仕方なかった心が落ち着く感じがした。
「リミットは夜明けでしょ。さっき日が暮れたばかりだから、12時間近くもあるよ」
「それは────そうなんだけれど……」
「それに考えがあるから、黙って付いてきなベイベー。
はいこれ、僕の一部だから気持ち悪くなかったら食べていいよ」
そう言って、ハーブを千切って渡された。えぐ。
でも、口に入れてみるとほんのり苦味があっておいしい。
「はい、さっきから黙ってるアイドルさんも」
「あ、ありがとう────」
「イスカ、大丈夫なの?」
「あぁこれ? あんまり大部分だと流石にマズいけど、このくらいならすぐ回復するから問題なしよ」
そう言って、ハーブを元の腕に戻してグーパーして見せる。
初めてみたけれど、すごい能力だな────
「そう言えば2人とも何でいなくなっちゃったの?
それなのに遠くで見てたって言うし────」
おかげでこうして2人と合流しできたわけだけれど、突然いなくなってはまた現れた2人のことが気になる。
まずはそれから知りたかった。
「あ、うーんとね。レベッカは、ライルとは初対面?」
「そうだけど……」
「じゃあ、まずはあの子についてかな。
彼の異名は【暴食のライル】、『
「あび──なに?」
聞き覚えのない言葉に、ついつい眉を潜めて聞き返してしまう。
「『
能力を持っている人の中や近くに常にいて、特定の条件を満たすことで現れるんだよ。
で、そう言う心の中に住む生き物を総称して『
「あっ、鬼が住んでるってそういう……」
「でも『鬼』って言っても鬼の姿をしてるとは限らないらしいよ。おかしいよね」
イスカが言うには、ごくたまにだけれど街で精霊を連れている人の中にも、実は能力で作り出した鬼をつれている人が紛れているそうだ。
精霊の種類なんて未だに認知されていないのも合わせてどれだけいるのかも分からないから、気付く人なんていないらしいけれど。
「ま、そう言うことライル本人は良く分かってないんだろうけど」
「ライル君は、どういう鬼を飼ってるの?」
「さぁ、実際に全体を見たことはないから、僕もそこまでは知らないや。
それが僕らが逃げ出した理由でもあるんだけど」
「逃げ出した?」
「うん、彼と前に色々あって、僕ら顔を会わせれないんだよ」
決して気性が荒いとか、周りとトラブルが多いとかそう言うイメージのないイスカ。
エリーさんの件で相当周りとのトラブルには気を使っているはずのソニア。
その2人が誰かと色々あってと言うのは、あまり想像できない。
「それがそうでもないんだなぁ。
実はあの子の中の『鬼』は、いつも少しずつ彼の中から栄養を持っていてしまうらしいんだ。
それに、能力を使った後もとてもお腹を空かせるから、良く空腹でグッタリしてるのさ」
「あぁ、だからさっきもお腹が空いて動けなくなっていたんだ……」
最初会ったときは身なりや肌なんかはきれいなのに、倒れるほどお腹が空いた、っていうのが少し違和感だった。
でも人より何倍もお腹が空きやすいなら、そう言う状況もある頻繁に起きやすいのかも。
「うん、でも能力自体はとても優秀なんだよ? 使いこなせれば。
で、例の大きな事件を解決してから、それに眼を付けた隊がいくつかいてね、あの子を取り合いになったんだよ」
「ヘッドハンティングってこと!? すごい!」
上からそうやって見込まれて仕事をもらうことは、新人にとってはひとつの目標みたいなものでもある。
そうやって上から認められたってことはやっぱり、ライル君は何かしらのすごい逸材なのかもしれない。
「うん、その隊っていうのが、僕の所属していたララ隊と────」
「ソニアの所属していたバルザム隊、なんだけど……」
そう言ってから、ソニアが気まずそうに眼をそらす。
「正直あまりその──彼は軍人さんに向いてなかったっていうか……」
「つまり役に立たなかったんだよね。事務仕事もすぐお腹が空いちゃってバタンキューだし」
「ちょっと、人が言葉濁したのに……!!」